知財高判令和7年4月24日(令和6年(行ケ)第10095号)(清水響裁判長)
1.商標法4条1項11号該当性について
(1)結合商標の分離観察の可否の判断基準
複数の構成部分を組み合わせた結合商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、その構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定することは原則として許されない。しかし、商標の構成部分の一部が、当該商標の指定商品・役務の取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、商標の構成部分の一部を抽出し、当該構成部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである。
(2)本件商標の分離観察の可否
そして、「防災士」の語は、防災又は防災に関する資格について関心を有する者にとっては広く知られていたとはいえ、一般の国語辞典や用語辞典等に掲載されるほど周知性があったわけではない。
他方、本件商標は「日本食育防災士」の標準文字を一行でまとめて表してなるもので、「防災士」の文字部分だけが独立して見る者の注意を引くように構成されているわけではない。また、本件商標に含まれる「食育」の文字は、「防災」とは別に「食材・食習慣・栄養など、食に関する教育」という独自の意味を有するものであり、「食育」と「防災」との組合せも、証拠上、ありふれた組合せであるとは認められないから、「食育防災士」は新たに造られた言葉として、独自の識別機能を有するというべきである。
したがって、本件商標の「防災士」の部分以外の構成部分又はその組合せからおよそ出所識別標識としての称呼、観念が生じないなどということはできず、かつ、前記の「防災士」の語自体の周知性の程度を併せ考慮すると、本件商標の「防災士」の構成部分を分離観察することは相当でなく、本件商標は一連一体の商標とみるべきである。
(3)本件商標と引用商標との対比
本件商標と引用商標は、外観、称呼及び観念を異にするものである。両者は、外観の「防災士」の部分、称呼の「ボウサイシ」の部分及び観念の一部内容において共通するといえるとしても、共通する文字は3文字にすぎず、本件商標を一連一体の商標とみるべきことからすると、その差は大きく、判別は容易である。「日本食育防災士」が「防災士」と取り違えられたことにより出所の誤認混同が生じていることを認めるに足りる証拠もない。本件商標と引用商標が与える印象、記憶、連想等を総合し、本件商標と引用商標との類似性を全体的に考察した場合、本件商標それ自体は、商標法4条1項11号の「これに類似する商標」とはいえない。
2.商標法4条1項10号該当性について
引用使用商標は、「防災士」の文字からなり、実質的に引用商標と同一の商標というべきであるから、前記1と同様の理由により、本件商標は、商標法4条1項10号の「これに類似する商標」とはいえない。
3.商標法4条1項15号該当性について
(1)商標法4条1項15号所定の「混同を生ずるおそれ」の有無の判断基準
商標法4条1項15号は、周知表示へのただ乗り及び希釈化を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標使用者の業務上の信用の維持及び需要者の利益の保護を目的とするものであるから、同号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品等に使用したときに、当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等がこの他人との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解するのが相当である。
そして、同号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。
(2)本件商標の「混同を生ずるおそれ」の有無
本件商標「日本食育防災士」は、その需要者からみれば、本件各使用商標「防災士」と全く無関係なものではなく、何らかの関連性を有する資格ではないかという連想を生じさせ得るものである。また、本件商標の指定役務の需要者に含まれる防災又は防災に関する資格について関心を有する者の間においては本件各使用商標は周知であると認められる。さらに、本件各使用商標の独創性の程度は高いとはいえないものの、本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度は、高いというべきである。また、本件商標の指定役務の需要者と本件各使用商標に係る原告の業務の需要者は、いずれも防災又は防災に関する資格に関心を有する者が含まれるから、需要者の共通性が認められる。さらに、一般に「防災士」の名称は、その前に付加される語句如何にかかわらず、原告の認証する「防災士」と関係するものであるとの誤解が生じやすいという現状認識を示す取引の実情がある。
これらの事情を総合すると、本件商標をその指定役務に使用するときは、その需要者の普通に払われる注意力を基準としても、その役務が原告の「防災士」と何らかの関係 を有する防災関係の資格であって、原告又は原告が認めた関係機関が運営・管理するものの業務に係る役務であるとの混同(広義の混同)を生ずるおそれがあるということができる。
1.判決要旨1について
商標法4条1項11号所定の商標の類否の判断基準のうち、特に結合商標の分離・要部観察の許否の判断基準について、最一小判昭和38年12月5日民集17巻12号1621頁〔リラ宝塚事件〕が、「簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必らずしもその構成部分全体の名称によつて称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがある」旨を判示した(下線部は筆者の付記。以下同様)のに対し、最二小判平成20年9月8日集民228号561頁〔つつみのおひなっこや事件〕は、リラ宝塚事件最判及び最二小判平成5年9月10日民集47巻7号5009頁〔SEIKO EYE事件〕を引用しつつ、「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されない」旨を判示した。その結果、リラ宝塚事件及びつつみのおひなっこや事件各最判の各下線部の判示事項の関係及び射程範囲が問題とされ、現在、様々な下級審裁判例及び学説が併存する状況にある(同状況の詳細は、中川隆太郎「商標登録に向けて何を検討すべきか-結合商標の分離観察の基本と応用」ジュリスト1589号88頁等を参照されたい)。
ここで、判決要旨1(1)は、知財高判令和3年9月21日(令和3年(行ケ)第10029号)最高裁HP〔HIRUDOMILD事件〕、知財高判令和5年3月9日(令和4年(行ケ)第10122号)最高裁HP〔朔北カレー事件〕等と同様に、つつみのおひなっこや事件最判の上記各判断基準を、リラ宝塚事件最判の上記判断基準の例示として位置付けたものである。
そして、判決要旨1(2)及び(3)は、かかる判決要旨1(1)の判断基準を本件事案にあてはめて、本件商標から「防災士」部分を抽出して分離観察することを否定し、本件商標を全体観察して引用商標との類似性を否定したものである。
この点、「防災士」部分の周知性が高くないことをもって、つつみのおひなっこや事件最判の前段の判断基準の例示への該当性を否定し、「食育」部分が独自の意味を有することをもって、つつみのおひなっこや事件最判の後段の判断基準の例示への該当性を否定し、かかる「食育」部分及び「防災士」部分を一連一体としてリラ宝塚事件最判の包括的な判断基準への該当性を否定した点において、実務上参考になろう。
2.判決要旨3について
判決要旨3(1)は、商標法4条1項15号所定の「混同を生ずるおそれ」の有無の判断基準について、判例(最三小判平成12年7月11日民集54巻6号1848頁〔レールデュタン事件〕)によったものである。
そして、判決要旨3(2)は、判決要旨1(3)に係る本件商標と引用商標の非類似を前提に、かかる判決要旨3(1)の判断基準を本件事案にあてはめて、本件使用商標の独創性は高いとはいえないものの、本件商標と本件使用商標との関連性・連想惹起可能性、本件使用商標のある程度の周知性、本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との高い関連性、その需要者の共通性等を考慮することにより、広義の混同を生ずるおそれを肯認したものである。
この点、引用商標の周知性の有無・高低と、その類似範囲の広狭及び混同のおそれの有無とは、原則として、正の相関関係にある(飯田圭「ストロングマークとウィークマーク」小野昌延ほか編「商標の法律相談Ⅰ」(青林書院、2017年)225頁等)一方、本件のように、必ずしも引用商標の周知著名性及び独創性が高くない場合でも、なお両商標の関連性・連想惹起可能性や両商品・役務の高い関連性等があれば、広義の混同を生ずるおそれが肯認され得る点において、実務上参考になろう。
なお、「キッズ防災士」の標準文字からなる本件商標と「防災士」の文字からなる引用商標との類否(商標法4条1項11号該当性)、本件商標と引用商標と実質同一の原告の業務に係る役務を表示する商標との類否(同項10号該当性)、及び、本件商標の原告の業務に係る役務と混同を生ずるおそれの有無(同項15号該当性)等が問題とされた、本件類似の別件において、知財高判令和7年6月30日(令6(行ケ)10096号)最高裁HP〔キッズ防災士事件〕は、本判決とは異なり、同項11号・10号等各該当性のみならず、同項15号該当性をも否定し、同各該当性を否定した維持審決を維持している。この点、異なる裁判体において、同号所定の「混同を生ずるおそれ」の有無の上記判断基準の各考慮要素に係る各認定に微妙な差異が生じ、それらの総合考慮による「混同を生じるおそれ」の有無に係る判断に差異が生じたものと理解され、その原因も含めて大変興味深いところである。
1.商標法4条1項11号該当性について
(1)結合商標の分離観察の可否の判断基準
「複数の構成部分を組み合わせた結合商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、その構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定することは原則として許されない。しかし、商標の構成部分の一部が、当該商標の指定商品・役務の取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、商標の構成部分の一部を抽出し、当該構成部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・集民228号561頁参照)。」
(2)本件商標の分離観察の可否
「「防災士」の語は、防災又は防災に関する資格について関心を有する者にとっては広く知られていたとはいえ、一般の国語辞典や用語辞典等に掲載されるほど周知性があったわけではない。
他方、本件商標は「日本食育防災士」の標準文字を一行でまとめて表してなるもので、「防災士」の文字部分だけが独立して見る者の注意を引くように構成されているわけではない。また、本件商標に含まれる「食育」の文字は、「防災」とは別に「食材・食習慣・栄養など、食に関する教育」という独自の意味を有するものであり、「食育」と「防災」との組合せも、証拠上、ありふれた組合せであるとは認められないから、「食育防災士」は新たに造られた言葉として、独自の識別機能を有するというべきである。
したがって、本件商標の「防災士」の部分以外の構成部分又はその組合せからおよそ出所識別標識としての称呼、観念が生じないなどということはできず、かつ、前記の「防災士」の語自体の周知性の程度を併せ考慮すると、本件商標の「防災士」の構成部分を分離観察することは相当でなく、本件商標は一連一体の商標とみるべきである」。
(3)本件商標と引用商標との対比
「本件商標と引用商標は、前記⑴、⑵のとおり、外観、称呼及び観念を異にするものである。両者は、外観の「防災士」の部分、称呼の「ボウサイシ」の部分及び観念の一部内容において共通するといえるとしても、共通する文字は3文字にすぎず、本件商標を一連一体の商標とみるべきことからすると、その差は大きく、判別は容易である。「日本食育防災士」が「防災士」と取り違えられたことにより出所の誤認混同が生じていることを認めるに足りる証拠もない。本件商標と引用商標が与える印象、記憶、連想等を総合し、本件商標と引用商標との類似性を全体的に考察した場合、本件商標それ自体は、商標法4条1項11号の「これに類似する商標」とはいえない。」
2.商標法4条1項10号該当性について
「引用使用商標は、「防災士」の文字からなり、実質的に引用商標と同一の商標というべきであるから、前記1と同様の理由から、本件商標は、引用使用商標と類似する商標とはいえない。
したがって、本件商標は、商標法4条1項10号の「これに類似する商標」に該当するということはでき」ない。
3.商標法4条1項15号該当性について
(1)商標法4条1項15号所定の「混同を生ずるおそれ」の有無の判断基準
「商標法4条1項15号は、周知表示へのただ乗り及び希釈化を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標使用者の業務上の信用の維持及び需要者の利益の保護を目的とするものであるから、同号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等がこの他人との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解するのが相当である。
そして、同号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである(最高裁第三小法廷平成12年7月11日判決・平成10年(行ヒ)第85号・民集54巻6号1848頁〔レールデュタン事件〕参照)。」
(2)本件商標の「混同を生ずるおそれ」の有無
「本件商標「日本食育防災士」は、本件各使用商標「防災士」と区別して識別することができるものではあっても、その需要者からみれば、「防災士」と全く無関係なものではなく、何らかの関連性を有する資格ではないかという連想を生じさせ得るものである。」
「本件商標の指定役務の需要者には、防災又は防災に関する資格について関心を有する者が含まれており、このような需要者の間においては本件各使用商標は周知であると認められる。」
「本件各使用商標は、「防災」の語に資格者を示す「士」を加えたにすぎず、その独創性の程度は高いとはいえない。」
「本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度は、高いというべきである。」
「本件商標の指定役務の需要者と本件各使用商標に係る原告の業務の需要者は、いずれも防災又は防災に関する資格に関心を有する者が含まれるから、需要者の共通性が認められる。」
「静岡県は、原告から防災士養成研修実施機関の認定を受けているほか、平成17年以降、名称に関する原告の承諾を得て、独自に「静岡県ふじのくに防災士」(平成21年までは「静岡県防災士」)を養成しており、原告が認証する「防災士」とは別のものであることの注意喚起とともに、ホームページにおいて告知している(甲12、92、133、137の
6-4、弁論の全趣旨)。このことは、逆にいえば、一般に「防災士」の名称は、その前に付加される語句如何にかかわらず、原告の認証する「防災士」と関係するものであるとの誤解が生じやすいという現状認識を示すものということができる。」
「以上の事情は、本件登録査定日のほか、その約2か月前である本件商標の登録出願日においても(商標法4条3項)認められる。これらの事情を総合すると、本件商標をその指定役務に使用するときは、その需要者の普通に払われる注意力を基準としても、その役務が原告の「防災士」と何らかの関係を有する防災関係の資格であって、原告又は原告が認めた関係機関が運営・管理するものの業務に係る役務であるとの混同(広義の混同)を生ずるおそれがあるということができる。」
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※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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