【特許★】引用発明が(医薬)用途発明と認められるためには、当業者が、対象用途における実施可能性を理解、認識できる必要があり、予備的な試験で参考程度のデータで有望な結果が得られているといったレベルでは足りないとした事例。⇒新規性・進歩性〇
-知財高判令和5年(行ケ)第10093号、第10094号【運動障害治療剤事件】<宮坂裁判長>-
【本判決の要旨、若干の考察】
1.特許請求の範囲、発明の詳細な説明及び図面(JP4734471/侵害が認められた特許)
(1)請求項1
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、ことを特徴とする薬剤。
2.判旨抜粋
(1)引用発明を「用途発明」と認定するためのハードルに関する判示部分
『特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である。このこととの平仄から考えても、引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。…
(ア)まず、甲イ3は、その試験が、本件明細書の実施例1で採用する「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」と比べると精度が低い「オープン試験」で行われているというだけでなく、試験を完了した患者数も9名と少ない上、臨床/科学ノートの形式による全1頁での報告にすぎず、そのため、論文(フルペーパー)の形式であれば当然記載されるはずの試験の方法についての詳細な記載がなく、試験に参加した患者等におけるバイアス(投与されている薬が効くという思い込みなど)の防止が図られているか否かさえ把握することができず、また、どのようにオン・オフ時間を測定したのか等についての基本的な情報もなく、その正確さを検証することができない。上記のような内容及び形式の甲イ3(全1頁で試験の概要のみを示した臨床/科学ノート)は、それ単独で 信用できる臨床試験結果と評価することは困難であり、本来、これを受けて、甲イ3の著者や他の研究者らによって、論文(フルペーパー)の形式で、テオフィリンのオフ時間減少効果の有無について進行期パーキンソン病患者で試験した報告に進むことが想定されるのに、そのような報告に至っていない。このような点にも照らすと、甲イ3の試験結果は、上記医薬用途を示すものとしては、不十分といわざるをえない。甲イ3の著者自身も、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動について、「テオフィリンが治療上有効である」とか、「テオフィリンを用いれば治療薬を提供できる」とまで述べているわけではない。
(イ)さらに、KW-6002などの、テオフィリンよりも強力で選択的なアデノシンA2A受容体アンタゴニストを各種パーキンソン病モデル動物に投与することで、パーキンソン病症状に対するアデノシンA2A受容体の阻害作用の影響を確認することが行われてはいたものの、それらのモデル動物はウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたものではなく、テオフィリンが有する複数の作用のうちの一つでもあるアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてL-ドーパの作用時間を延長させる(オフ時間を減少させる)効果をもたらすという、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動についての作用機序が存在することについて、本件優先日当時には具体的に明らかになっていなかった。
(ウ)そうすると、甲3発明の薬剤が、「進行期パーキンソン病患者におけるオフ時間の持続を減少させるため」に使用できる(実施可能である)と当業者が理解、認識するものであるとは認められないというべきである。』
(2)「用途発明」と認められない引用発明を主引例とする容易想到性に関する判示部分
『甲イ3…の記載から、テオフィリンが、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため」の薬剤として使用できるか否か、すなわち治療上有効な化合物であるか否かを明らかにするために、「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」のような、より厳密な試験を採用し、テオフィリンの効果の有無についてさらなる試験研究を行うことまでは、当業者に動機付けられるといえる。しかしながら、甲イ3に示される試験結果は、テオフィリンについての、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対する有効性の判断をするに足りるものではない。また、テオフィリンはアデノシンA2A受容体アンタゴニストの一つであるが、非選択的なものであり、本件優先日当時、テオフィリンなどのアデノシンA2A受容体アンタゴニストが有しているアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてオフ時間を減少させる効果をもたらすという作用機序が存在することについて具体的に明らかになっておらず、また、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対して治療上有効なアデノシンA2A受容体アンタゴニストは知られていなかった。そうすると、テオフィリンやアデノシンA2A受容体アンタゴニストについてのさらなる試験研究の結果を見るまでもなく当然に、…甲3発明の薬剤の用途を、本件発明の薬剤の用途とすることについてまで、当業者に動機付けられるとはいえない。…
甲イ3の試験においてテオフィリンで確認されたオフ時間の持続を減少させる作用が、テオフィリンが有する複数の作用のうちのアデノシンA2A受容体の阻害作用によって奏されるものであるか否かについて明らかにするために、甲イ3の試験やさらなる試験研究において使用するとの限度においては、甲3発明の薬剤において、非選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるテオフィリンに代えて、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002を採用すること(KW-6002について優先的に確認すること)までは、当業者に動機付けられるといえる。他方、試験研究を超えて、本件発明の薬剤の用途とする上で、テオフィリンに代えてKW-6002を採用することまでは、技術常識を踏まえても、甲イ3の記載からは、当業者に動機付けられるとはいえない。…
甲イ3…は試験研究を行うことを推奨しているだけであるし、…更なる試験研究の必要性を述べているにすぎない。そうすると、当業者が、試験研究を超えて、KW-6002を採用した医薬品とすることまで試してみるはずであるとはいえない。』
3.若干の考察
(1)医薬用途発明の進歩性判断枠組み~①引用発明が用途発明として完成していることの高いハードル
用途発明の進歩性判断においては、用途を一致点とするためには引用発明は用途発明として完成している必要があり、引用発明が当該用途発明として完成していない場合には、当該用途に用いることの容易想到性が問題となる。
この点については、後掲する東京高判平成15年(行ケ)第104号【タキキニン拮抗体の医学的新規用途】、知財高判令和5年(行ケ)第10019号【IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法】、知財高判令和5年(行ケ)第10090号【フルベストラント製剤】、知財高判平成28年(行ケ)第10107号【乳癌再発の予防用ワクチン】等も同様である。
また、拡大先願(特許法29条の2)についても、先願発明が用途発明として完成している必要があることは同様である。例えば、東京高判平成10年(行ケ)第401号【即席冷凍麺類用穀粉】が「用途発明は、既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により、当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいうものと解すべきであるから、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉類と配合した先願発明が用途発明として完成しているというためには、タピオカ澱粉の特定の属性により、これを特定割合で他の穀粉類と配合した穀粉が、即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することが見いだされたといい得ることが必要である。」と判示している。
問題となるのは、どのレベルの完成度で引用発明が「用途発明」として完成したといえるのかである。
この点は、医薬用途発明とそれ以外の用途発明とで事実上大きく異なるところであるが、本判決は「引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならない」として、ヒトに対する試験を行っており、対象用途への有効性が示唆されていても、予備的な試験では足りず、対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されている必要があるという高いハードルを明示したものである。
もっとも、このような(引用発明が医薬用途発明として認められるための)高いハードルは、例えば上掲東京高判平成15年(行ケ)第104号【タキキニン拮抗体の医学的新規用途】も「甲5文献及び甲8公報においては,P物質拮抗体が嘔吐を抑制することについても,(2S,3S)-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンがP物質拮抗体であってP物質の関連する疾病の治療剤として利用できることについても,これを裏付ける記載はないのであるから,上記物質を嘔吐治療剤として利用することは,これらの刊行物の記載から推測される膨大な可能性の一つにすぎないものというべきである。そうであるとすれば,特定の有効成分が嘔吐治療剤という特定の医薬用途に利用できることが発明の詳細な説明において裏付けられている本件訂正発明8について,そうした裏付けを欠き,単に膨大な可能性の中の一つとして本件訂正発明8に特定された物質に嘔吐治療剤としての用途があり得ることを推測させるにすぎない甲5文献及び甲8公報の記載に基づいて,その進歩性を否定することはできない」と判示して、引用文献に対象用途への有効性が示唆されていても、可能性のレベルでは足りないという高いハードルを明示しており、裁判所の一貫した考え方を改めて明示したものである。
本判決が判示するとおり、このような(引用発明が医薬用途発明として認められるための)高いハードルは、「特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である」こととの平仄をとったものであるから、サポート要件や実施可能要件も薬理的効果が実施例等で実証されていなければならないものであり、高いハードルが課されている。したがって、例えば、マウス実験によりサポート要件や実施可能要件を満たすためには、当該マウス実験がヒトに投与した場合と同レベルの信頼性で薬理的効果が実証されることが実験モデルとして確立している等の技術常識が必要となる。(※実際に、無効審判においては、審理事項通知書等において、審判体から特許権者へ当該技術常識の立証が求められることがある。)
(2)医薬用途発明の進歩性判断枠組み②~引用発明が用途発明として完成していると認められなかった場合の”容易想到性”判断の高いハードル
上記のとおり、引用発明が用途発明と認められるためには、ヒトに対する試験を行っており、対象用途への有効性が示唆されていても、予備的な試験では足りず、対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されている必要があるという高いハードルが設定されている。
ここで、引用発明が用途発明として完成しているとまでは認められなくても、引用文献に対象用途が明示的に示唆されており、ヒトに投与する医薬品として用いることを目標として、予備的なオープン試験が行われていたのだから、当該化合物を対象医薬用途に用いることを当業者が容易に想到し得たと判断されてしまえば、結局は進歩性が否定されてしまう。
しかし、医薬用途発明の進歩性判断では、「用途」の容易想到性についても、引用発明が用途発明と認められるための高いハードルと同様の高いハードルが設定されている。
すなわち、本判決は「甲イ3の試験においてテオフィリンで確認されたオフ時間の持続を減少させる作用が、テオフィリンが有する複数の作用のうちのアデノシンA2A受容体の阻害作用によって奏されるものであるか否かについて明らかにするために、甲イ3の試験やさらなる試験研究において使用するとの限度においては、甲3発明の薬剤において、非選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるテオフィリンに代えて、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002を採用すること(KW-6002について優先的に確認すること)までは、当業者に動機付けられるといえる。」と判示しながら、進歩性を否定するための論理付けとしてはこれでも足りず、「他方、試験研究を超えて、本件発明の薬剤の用途とする上で、テオフィリンに代えてKW-6002を採用することまでは、技術常識を踏まえても、甲イ3の記載からは、当業者に動機付けられるとはいえない。…」「さらなる試験研究の結果を見るまでもなく当然に、…甲3発明の薬剤の用途を、本件発明の薬剤の用途とすることについてまで、当業者に動機付けられるとはいえない。…」と判示して、容易想到性の判断においても、さらなる試験研究を行うことなく直ちに対象医薬用途として用いることを当業者が動機付けられる必要があるというのである。
しかも、本判決は、「甲イ3…は試験研究を行うことを推奨しているだけであるし、…更なる試験研究の必要性を述べているにすぎない。そうすると、当業者が、試験研究を超えて、KW-6002を採用した医薬品とすることまで試してみるはずであるとはいえない。」と判示して、更なる試験研究を行う動機付けでは足りないとして、いわゆるobvious to tryによる容易想到性の論理付けも否定している。
このような容易想到性(動機付け)の判断枠組みでは、医薬用途の容易想到性についても、引用発明が、対象医薬用途との関係で実施可能要件及びサポート要件を満たす高いレベルで完成していなければならないこととなり、上掲した引用発明が用途発明と認められるための高いハードルと同レベルである。(「特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である」こととの平仄という観点からは、ある意味当然のことかもしれない。)
したがって、医薬用途発明の「用途」が新しい場合は、進歩性を否定することが難しいといえるかもしれない。(言い換えれば、医薬用途発明の進歩性を否定できる場面とは、引用発明が対象発明の用途発明として完成している場合であるから、医薬用途発明の「用途」が新しい場合ではない場合が多いと整理できそうである。)
(3)本判決を踏まえた、医薬用途発明の進歩性を否定する立場からの主張方針
医薬用途発明の進歩性を否定するための最適な主張方針が事案ごとであることは承知で、敢えて裁判所の判断傾向を踏まえた主張方針を考察するとすれば、引用発明が対象用途の用途発明として完成していることをメインで主張すべきであり、そのためには、「特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である」こととの平仄という観点から検討され、「このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない」という価値観のもとで進歩性が判断される以上、引用発明における開示が、仮にそれが本件医薬用途発明の明細書であったならば実施可能要件・サポート要件を満たすレベルに達していることを優先日当時の技術常識をもって立証するという方針を採るべきであろう。(そのための方針自体が事案ごとであるから、これ以上の一般化は不可能である。)
この意味では、近時、知財高判令和4年(ワ)第9716号【5-アミノレブリン酸リン酸塩】、知財高判令和4年(行ケ)第10097号【アミノシラン】が、引用文献に物質名が記載されていても、出願日当時の当業者が試行錯誤なく製造可能でなかったとして引用発明適格を否定したが、医薬用途発明では、引用発明が、実施可能要件・サポート要件を満たすレベルである必要があるということであるから、医薬用途発明の用途が新しい場合に進歩性を否定することの高いハードルが改めて認識されるところである。
(4)その他
このことは、本判決が特に高いハードルを課したというものではなく、一貫して裁判所は医薬用途発明の「用途」が新しい場合に進歩性を認めているという歴史がある。(この点は、特許庁も同様である。)その他の裁判例については、以下に列挙して紹介する。
他方、医薬用途発明の「用途」が新しくない場合、例えば、用法、容量、剤形、投与間隔、対象患者を特定した発明や、同一用途で有効成分が異なる場合などは、事案次第ではあるが、「用途」が新しい場合程の高いハードルが課されているとは思われない。例えば、知財高判平成29年(行ケ)第10165号、第10192号【抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ(ハーセプチン)】<高部裁判長>は、医薬の投与方法は、発明特定事項であるがobvious to tryにより容易想到と判断した。
なお、知財高判平成30年(行ケ)第10036号【IL-17産生の阻害】<森裁判長>が公知の医薬組成物が疾患の治療薬として知られていたところ、同一の疾患の治療薬であるが、公知作用でなく、新たに見出した作用を「用途」として特定した発明の新規性、進歩性を認めたことが話題となっており、「用途」の重複についても議論されている。
これらの点については、別稿において論ずることとして、本稿においては割愛する。
【関連裁判例の紹介(医薬用途発明は、引用発明が「用途発明」として完成していることのハードルが高く、「用途」の容易想到性も同様である。)】
<1>知財高判令和5年(行ケ)第10019号【IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法】<宮坂裁判長>
*引用発明がフェーズ2臨床試験に至っても, フェーズ2の成功率は33%しかないから、フェーズ2の結果を見るまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するとはいえないとして、進歩性を認めた。
【相違点】本件訂正発明1は、中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者を処置する方法に使用するための、治療上有効な量の抗ヒトIL-4R抗体又はその抗原結合断片を含む医薬組成物であるのに対し、引用発明は、治験薬組成物である点。
甲1の試験はフェーズ2臨床試験であるところ、フェーズ2の前に行われるフェーズ1臨床試験は、通常少数の健康人に対し治験薬の安全性や薬物動態を調査するものであり、患者に対する有効性の確認はフェーズ2臨床試験から始められることが技術常識である。そして、甲21…によれば、フェーズ2臨床試験の成功の確率は他のどのフェーズよりもはるかに低く、アレルギー疾患の場合、33%程度であり、このことからすると、フェーズ2臨床試験が行われていることから直ちに、当該治験薬が試験結果を見るまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するとはいえない。
また、甲2~6を検討しても、本件特許の優先日前に、アトピー性皮膚炎患者に抗ヒトIL-4R抗体が投与されて、実際に治療効果が得られたことを示す証拠はない。アトピー性皮膚炎の急性期と慢性期におけるサイトカインの役割に関する本件特許出願の優先日における技術常識を踏まえると、甲1で使用されているREGN668(抗ヒトIL-4R抗体)が、甲3における抗体と同様、IL-4活性及びIL―13活性を遮断する能力を有するものであるとしても、少なくとも3年間の慢性アトピー性皮膚炎を患っており、IL-4が優勢である急性期とは異なり、IL-4よりもインターフェロンガンマ、IL-12産生が優勢となっていると考えられる引用発明における患者に対し、REGN668(抗ヒトIL-4R抗体)を治療上有効に用いることを当業者が想到し得たとはいえず、また、臨床症状の改善をもたらすことを容易に予測はできない状況であったと認められる。 また、甲24(審判乙4)に記載されるように、アトピー性皮膚炎における免疫経路の複雑さを考慮すると、IL-4の作用の遮断という、本件特許の優先日において、アトピー性皮膚炎の治療に対する使用実績のない特定のメカニズムに基づく治療薬について、臨床試験の結果を待つことなく、中等度から重度のアトピー性皮膚炎に対して治療効果が得られると予測をすることは困難であると認められる。そうすると、引用発明について、中等度から重度のアトピー性皮膚炎であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者を処置する方法に使用するための、治療上有効な量の抗ヒトIL-4R抗体を含む医薬組成物であるという相違点に係る構成を備え、本件訂正発明1に該当する患者において、実際に本件明細書に示されたアトピー性皮膚炎の臨床症状の改善効果を示すものとすることは、甲1~6の記載から当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
<2>知財高判令和5年(行ケ)第10090号【フルベストラント製剤】<中平裁判長>
*雑誌Cancerに特許発明と同一組成物を対象医薬用途に向けた試験が掲載されたが(組成物の提供者は特許権者)、その組成のままヒトに筋肉注射するという技術常識はなかったとして、進歩性を認めた。
【相違点】訂正発明1は、「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、」「筋肉内注射に適する医薬製剤」であるのに対し、甲1発明は、「線維芽細胞成長因子(FGF)をトランスフェクトした乳癌細胞(MCF-7細胞)を注入された卵巣切除担癌マウスに対し皮下投与される、タモキシフェン抵抗性の乳癌の機序としてFGFオートクリン活性を検証するための試験用組成物である点
(ア) 技術常識Ⅰ(フルベストラントの筋肉内注射関係)について
フルベストラントを含有する医薬製剤は、本件優先日当時、臨床試験中であったのであって、いずれの国においてもいまだ承認されていなかったから…、フルベストラントが乳がん治療薬として確立していたとは認められない。したがって、技術常識Ⅰ(フルベストラントの筋肉内注射関係)が存在したとは認められない。
もっとも、本件優先日当時実施されていたフルベストラントに関する薬物動態の試験(PK試験)及び臨床試験の結果…によれば、本件優先日当時、フルベストラントが、乳がん治療薬として使用される可能性があるものとして治験中であり、治験においては筋肉内注射により投与されていることが技術常識であったという余地はある。しかし、このような技術常識があるとしても、甲1の文献において抗エストロゲン薬としてマウスに投与された組成物を、その組成のまま、直ちにヒトに対して筋肉内注射により投与する医薬製剤として用いることができると、当業者が容易に認識するとは認められない。
(イ) 技術常識Ⅱ(マウスへの皮下注射関係)について
原告が挙げる文献…には、マウス等の小さな実験動物種については、筋肉内注射が困難である旨の記載や、ヒトに投与する場合に筋肉内注射を行う薬剤についてマウス等の小さな実験動物種を用いた試験では皮下に投与された例の記載等があるものの、ラットに筋肉内注射をした旨の記載も存在しており…、上記文献の記載によっても、原告が主張する技術常識Ⅱ(マウスへの皮下注射関係)が本件優先日当時に存在したとまでは認められない。また、仮に、技術常識Ⅱ(マウスへの皮下注射関係)が存在するとしても、マウスを用いた実験において皮下注射した薬剤であれば、常にヒトに対しては筋肉内注射をするという技術常識があるということにはならない。さらに、「ヒトに投与するときに筋肉内注射する医薬製剤であっても、マウスを用いた実験においては皮下注射されることがある」という限度で技術常識が存在するとしても、マウスに皮下注射した薬剤の組成と同一の組成の薬剤をヒトに筋肉内注射することが技術常識であるとは認められず、まして、甲1発明でマウスに投与されたフルベストラントは、仮説検証のための実験において、エストロゲン活性を排除するための補助剤として用いられているのであって、このフルベストラントの組成と同一の組成の薬剤をヒトに筋肉内注射することが動機付けられるとはいえない。
<3>東京高判平成15年(行ケ)第104号【タキキニン拮抗体の医学的新規用途】
…甲5文献には,「最後野ニューロンを興奮させる全物質は,セロトニンおよびノルエピネフリンを除き,催吐性であり,一方で,興奮作用を示さない3種の物質はいずれも,催吐性であることは知られていない。従って,これらの実験結果は,嘔吐において最後野が主要な役割を果たすことを強く支持するものである」(…),「我々は,静脈投与した際に…サブスタンスP…が催吐性であり…ことを見出した。これらの観察は,最後野が嘔吐の化学受容体トリガーゾーンとして機能するという提案を強く支持するものである」(…)と記載されているものの,サブスタンスP(P物質)の拮抗体が実際に嘔吐を抑制することを裏付ける記載は認められない。
…甲8公報には,「本発明は,新規な3-アミノピペリジン誘導体および関連する化合物,これら化合物を含んでなる医薬組成物,ならびに炎症性および中枢神経系障害その他幾つかの障害の治療および予防におけるこれら化合物の使用に関する。本発明による医薬上活性な化合物は,P物質拮抗体である」(…)と記載され,当該発明に包含される多数の化合物の合成例の一つとして,例64に,(2S,3S)-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンを合成したことが記載されているが,他方,この物質が,実際にP物質拮抗体であることや,P物質の関連する疾病の治療剤として利用できることを裏付ける記載は認められない。…
…甲5文献及び甲8公報においては,P物質拮抗体が嘔吐を抑制することについても,(2S,3S)-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンがP物質拮抗体であってP物質の関連する疾病の治療剤として利用できることについても,これを裏付ける記載はないのであるから,上記物質を嘔吐治療剤として利用することは,これらの刊行物の記載から推測される膨大な可能性の一つにすぎないものというべきである。そうであるとすれば,特定の有効成分が嘔吐治療剤という特定の医薬用途に利用できることが発明の詳細な説明において裏付けられている本件訂正発明8について,そうした裏付けを欠き,単に膨大な可能性の中の一つとして本件訂正発明8に特定された物質に嘔吐治療剤としての用途があり得ることを推測させるにすぎない甲5文献及び甲8公報の記載に基づいて,その進歩性を否定することはできない…。
<4>知財高判平成28年(行ケ)第10107号【乳癌再発の予防用ワクチン】
…本願優先日当時,「癌ワクチン」について,以下の技術常識が存在したものと認められる。ペプチドが「ワクチン」として有効であるというためには,①当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導し, ②ペプチド特異的CTLが癌細胞へ誘導され,③誘導されたCTLが癌細胞を認識して破壊すること,が必要である…。あるペプチドにより,多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても,誘導されたCTLが癌細胞を認識することができない…,誘導されたCTLが癌細胞を確実に破壊するとは限らない…などの理由により,当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるということはできない。
引用発明は,…標準治療後のHLA-A2型のリンパ節転移陰性乳癌患者について,GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ,全ての患者においてGP2特異的CTL細胞のレベルが増加したというものであり,GP2ペプチドがワクチンとして有効であるというために必要な,当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導したことを示したものである。これに対し,本願発明は,…GP2ペプチドとGM-CSFを投与した無病の高リスク乳癌患者に,GP2特異的CTLが増大したのみならず,再発率が低減した,すなわち,誘導されたCTLが腫瘍細胞を認識し,これを破壊することによって,臨床効果があることを示したものである。…
本願優先日当時,あるペプチドにより多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても,当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるとはいえない,という技術常識に鑑みると,ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまる引用発明は,本願発明と同一であるとはいえない。
<5>本件・知財高判令和5年(行ケ)第10093号、第10094号【運動障害治療剤事件】
特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である。このこととの平仄から考えても、引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。…
(ア)まず、甲イ3は、その試験が、本件明細書の実施例1で採用する「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」と比べると精度が低い「オープン試験」で行われているというだけでなく、試験を完了した患者数も9名と少ない上、臨床/科学ノートの形式による全1頁での報告にすぎず、そのため、論文(フルペーパー)の形式であれば当然記載されるはずの試験の方法についての詳細な記載がなく、試験に参加した患者等におけるバイアス(投与されている薬が効くという思い込みなど)の防止が図られているか否かさえ把握することができず、また、どのようにオン・オフ時間を測定したのか等についての基本的な情報もなく、その正確さを検証することができない。上記のような内容及び形式の甲イ3(全1頁で試験の概要のみを示した臨床/科学ノート)は、それ単独で 信用できる臨床試験結果と評価することは困難であり、本来、これを受けて、甲イ3の著者や他の研究者らによって、論文(フルペーパー)の形式で、テオフィリンのオフ時間減少効果の有無について進行期パーキンソン病患者で試験した報告に進むことが想定されるのに、そのような報告に至っていない。このような点にも照らすと、甲イ3の試験結果は、上記医薬用途を示すものとしては、不十分といわざるをえない。甲イ3の著者自身も、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動について、「テオフィリンが治療上有効である」とか、「テオフィリンを用いれば治療薬を提供できる」とまで述べているわけではない。
(イ)さらに、KW-6002などの、テオフィリンよりも強力で選択的なアデノシンA2A受容体アンタゴニストを各種パーキンソン病モデル動物に投与することで、パーキンソン病症状に対するアデノシンA2A受容体の阻害作用の影響を確認することが行われてはいたものの、それらのモデル動物はウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたものではなく、テオフィリンが有する複数の作用のうちの一つでもあるアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてL-ドーパの作用時間を延長させる(オフ時間を減少させる)効果をもたらすという、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動についての作用機序が存在することについて、本件優先日当時には具体的に明らかになっていなかった。
(ウ)そうすると、甲3発明の薬剤が、「進行期パーキンソン病患者におけるオフ時間の持続を減少させるため」に使用できる(実施可能である)と当業者が理解、認識するものであるとは認められないというべきである。
…
甲イ3…の記載から、テオフィリンが、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため」の薬剤として使用できるか否か、すなわち治療上有効な化合物であるか否かを明らかにするために、「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」のような、より厳密な試験を採用し、テオフィリンの効果の有無についてさらなる試験研究を行うことまでは、当業者に動機付けられるといえる。しかしながら、甲イ3に示される試験結果は、テオフィリンについての、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対する有効性の判断をするに足りるものではない。また、テオフィリンはアデノシンA2A受容体アンタゴニストの一つであるが、非選択的なものであり、本件優先日当時、テオフィリンなどのアデノシンA2A受容体アンタゴニストが有しているアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてオフ時間を減少させる効果をもたらすという作用機序が存在することについて具体的に明らかになっておらず、また、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対して治療上有効なアデノシンA2A受容体アンタゴニストは知られていなかった。そうすると、テオフィリンやアデノシンA2A受容体アンタゴニストについてのさらなる試験研究の結果を見るまでもなく当然に、…甲3発明の薬剤の用途を、本件発明の薬剤の用途とすることについてまで、当業者に動機付けられるとはいえない。…
甲イ3の試験においてテオフィリンで確認されたオフ時間の持続を減少させる作用が、テオフィリンが有する複数の作用のうちのアデノシンA2A受容体の阻害作用によって奏されるものであるか否かについて明らかにするために、甲イ3の試験やさらなる試験研究において使用するとの限度においては、甲3発明の薬剤において、非選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるテオフィリンに代えて、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002を採用すること(KW-6002について優先的に確認すること)までは、当業者に動機付けられるといえる。他方、試験研究を超えて、本件発明の薬剤の用途とする上で、テオフィリンに代えてKW-6002を採用することまでは、技術常識を踏まえても、甲イ3の記載からは、当業者に動機付けられるとはいえない。…
甲イ3…は試験研究を行うことを推奨しているだけであるし、…更なる試験研究の必要性を述べているにすぎない。そうすると、当業者が、試験研究を超えて、KW-6002を採用した医薬品とすることまで試してみるはずであるとはいえない。
<6>知財高判令和5年1月12日令和3年(行ケ)第10157号、第10155号【運動障害治療剤事件】<本多裁判長>(本件・令和5年(行ケ)第10093号、第10094号の別件無効審判請求の審決取消訴訟)
<一致点>有効成分、パーキンソン病動物を対象、L-ドーパと併用
<相違点1>本件発明は、「…ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、「…ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「…L-ドーパ療法」において投与される
本件優先日当時の当業者において、甲A1に基づき…KW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。…甲A2ないし甲A5は、いずれも本件相違点1に係る本件発明の構成(「前記薬剤」が「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるとの構成)を開示し、又は示唆するものではない…。…
原告東和は、①本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象はL-ドーパの薬効時間が短くなる現象であり、その原因はドーパミン作動系の異常であると認識されていたこと、②KW-6002の作用機序はL-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであることが本件優先日当時に広く知られていたことを根拠に、甲A1に接した当業者であれば、本件相違点1に係る本件発明の構成に容易に想到し得たと主張する。しかしながら、上記①の点については、…本件優先日当時の当業者は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、ドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下のほか、L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおける事象の関与も重要な発生原因たり得ると認識していたのであるから、…ウェアリング・オフ現象の原因が専らドーパミン作動系の異常であると認識していたということはできない。また、上記②の点については、…KW-6002を単独投与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明らかな回復がみられなかったにもかかわらず、…KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作用が増強したとの結果を示すものであるから、…KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無関係に独自の作用をもたらすものと理解するとは考え難い。したがって、甲A1におけるKW-6002の作用機序につき、L-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであると当業者が認識したということはできない。…
甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるとはいえないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、図4試験を含め、これを裏付ける試験の結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできないから、図4試験を含む甲A1について、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を予測させるものであるということはできない。
(第1事件原告) 東和薬品株式会社
(第2事件原告②)共和薬品工業株式会社
(第2事件原告②)日医工株式会社
(被告) 協和キリン株式会社
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和7年6月2日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
本件に関するお問い合わせ先:
h_takaishi@nakapat.gr.jp
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所(第二東京弁護士会)