◆判決本文
1.美術の著作物性について
(1)本件原告滑り台は,遊具としての実用に供されることが予定されている美的創作物(いわゆる応用美術)であるところ,応用美術は,同様に実用に供されるという性質を有する印刷用書体の著作物性に関する最高裁判決(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)の判示に照らして,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,「美術」「の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として保護され得る。
(2)本件原告滑り台は,その構成部分についてみても,全体の形状からみても,上記部分を把握できないことから,「美術の著作物」として保護される応用美術とは認められない。
2.建築の著作物性について
(1)本件原告滑り台が該当する「建築」は,応用美術に類することから,その著作物性の判断は,応用美術に係る基準と同様の基準によるのが相当である。
(2)本件原告滑り台は,建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できないことから,「建築の著作物」として保護されない。
本件原告すべり台の正面写真
【判決書別紙1原告滑り台目録より引用】
1.美術の著作物性について
(1)応用美術の著作物性について,近年,知財高裁の裁判例上,従前の下級審の多数の裁判例における段階理論的な加重要件説を克服した,分離把握可能性説(知財高判平成26年8月28日判時2238号91頁〔ファッションショー事件〕)と無制限説(知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁〔TRIPP TRAPPⅡ事件〕)とが並立し,その後の下級審,特に東京地裁の多数の裁判例上,分離把握可能性説が主流となったところ,判決要旨1(1)は,改めて,東京地裁の裁判例として,著作権法2条1項1号後段所定の「美術・・・の範囲に属する」か否かの問題として,分離把握可能性説を採用するとともに,その根拠を印刷用書体の著作物性に関する最高裁判決(最判平成12年9月7日民集54巻7号2481頁〔ゴナU事件〕)の判示に求めたものと理解される。かかる判決要旨1(1)は,学説上,特に高林龍教授の見解(高林龍「標準著作権法〔第4版〕」49~50頁),金子敏哉教授の見解(金子敏哉「日本著作権法における応用美術-区別説(類型的除外説)の立場から-」著作権研究43号92~95頁),大渕哲也教授の見解(大渕哲也「知的財産権法体系の二元構造における応用美術の保護(下)」法曹時報69巻11号3283~3286頁)等に近いものと思われる。
(2)判決要旨1(2)は,本件原告滑り台に判決要旨1(1)をあてはめて,「美術・・・の範囲に属する」ことを否定したものであり,同種の事案(実用品のプロダクト・デザインないしインダストリアル・デザイン)における上記知財高判平成27年4月14日以外の多数の裁判例による著作物性否定との結論と整合している。
2.建築の著作物性について
(1)判決要旨2(1)は,本件原告滑り台が該当する「建築」について,応用美術に類することを理由に,その著作物性の判断基準として,裁判例として初めて明示的に,応用美術と同様に,著作権法2条1項1号後段所定の「美術・・・の範囲に属する」か否かの問題として,分離把握可能性説を採用したものである。
(2)判決要旨2(2)は,本件原告滑り台に判決要旨2(1)をあてはめて,「美術・・・の範囲に属する」ことを否定したものであり,同種の事案(居住用の住宅等の建築デザイン)における多数の裁判例(大阪高判平成16年9月29日裁判所ウェブサイト〔グルニエ・ダイン事件〕,東京地判平成26年10月17日裁判所ウェブサイト〔ログハウス調木造住宅事件〕等)による著作物性否定との結論と整合している。
1.美術の著作物性について
(1)「本件原告滑り台は,利用者が滑り台として遊ぶなど,公園に設置され,遊具として用いられることを前提に製作されたものであると認められる。したがって,本件原告滑り台は,一般的な芸術作品等と同様の展示等を目的とするものではなく,遊具としての実用に供されることを目的とするものであるというべきである。
そして,実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されている美的創作物(いわゆる応用美術)が,著作権法2条1項1号の『美術』『の範囲に属するもの』として著作物性を有するかについては,・・・応用美術と同様に実用に供されるという性質を有する印刷用書体に関し,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えることを要件の一つとして挙げた上で,同法2条1項1号の著作物に該当し得るとした最高裁判決(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)の判示・・・に加え,同判決が,実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる旨説示していることに照らせば,・・・実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,『美術』『の範囲に属するもの』(同法2条1項1号)である『美術の著作物』(同法10条1項4号)として,保護され得ると解するのが相当である。」
(2)そして,「本件原告滑り台は,その構成部分についてみても,全体の形状からみても,実用目的を達するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められないから,『美術の著作物』として保護される応用美術とは認められない。」
2.建築の著作物性について
(1)「『建築の著作物』の意義を考えるに当たっては,建築基準法所定の『建築物』の定義を参考にしつつ,文化の発展に寄与するという著作権法の目的に沿うように解釈するのが相当である。そこで検討するに,・・・本件原告滑り台は同法上の『建築』に該当すると解することができる。
このように,本件原告滑り台が同法上の『建築』に該当するとしても,・・・実用に供されることが予定されている創作物であり,その中には美的な要素を有するものも存在するという点で,応用美術に類するといえることから,その著作物性の判断は,・・・応用美術に係る基準と同様の基準によるのが相当である。」
(2)そして,「本件原告滑り台について,建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるとは認められない。」
【Keywords】応用美術,著作物性,段階理論,加重要件説,分離把握可能性説,無制限説, 実用品,プロダクト・デザイン,インダストリアル・デザイン,滑り台,ミニタコ
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文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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