2022年4月10日
知財高判令和4年6月16日(令和4年(行ケ)第10002号)(東海林裁判長)
◆判決本文
【判決要旨】
1.商標法3条1項3号の趣旨及び判断基準について
商標法3条1項3号の趣旨は,同号所定の商標が,指定役務との関係で,その役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途その他の特性を記述的に表示するに過ぎず,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに,多くの場合自他役務の識別力を欠くことにある。そうすると,同号に該当するためには,審決がされた時点において、商標が役務との関係で役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり,取引者・需要者によって当該役務に使用された場合に,将来を含め,役務の質を表示したものと一般に認識されるものであれば足りる。そのように一般に認識されるかどうかは,当該商標の構成やその指定役務に関する取引の事情を考慮して判断すべきである。
2.本件商標による商標法3条1項3号該当性について
「おんじゃくきゅう」と「温石灸」の文字を二段併記してなる商標(「本願商標」)は,上段の平仮名部分が下段の漢字部分の読みを表すものとして認識される。「温石」の語は,「焼いた軽石を布などに包んで身体を温めるもの。」などを意味し,また,「灸」の語は,一般に「漢方療法の一つ。」などを意味し,本願商標の漢字部分は,「温石」の語と「灸」の語の組み合わせといえる。
本件審決がされた時点における本件業界において,温めた石を身体の特定の位置に置き,熱の刺激による効果を得る施術(温石を用いた施術)が広く行われていた。温石を用いた施術は,必ずしも灸と厳格に区別されていたものではなく,患部を温めるための道具として火をつけたもぐさの代わりに温めた石を用いることにより,灸に類似する効果を得ることができる施術として,「温石灸」との名称でも広く行われている実情があった。さらに,本件業界においては,施術の方法や内容を表すものとして,灸に使用する材料や道具等の名称を冠した様々な名称の灸が存在するという実情もあった。
以上からすると,「温石灸」の語は,「火をつけたもぐさの代わりに温めた石を患部に置く,灸と同種の施術」を表す語として,「温めた石を用いた灸(施術)」ほどの意味合いの語であると取引者,需要者に容易に理解される。「温石灸」の語は,本願商標の指定役務との関係で役務の質を表示するものとして取引に際し必要適切な表示であり,本願商標の取引者,需要者によって当該役務に使用された場合に,役務の質を表示したものと一般に認識されるものというべきであるから,役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章である。
よって,本願商標は,その指定役務との関係で,役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから,商標法3条1項3号に該当する。
3.本件商標による商標法4条1項16号該当性について
本願商標は,その指定役務に使用された場合には,本願商標の取引者,需要者によって,「温めた石を用いた灸(施術)」という役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されるものというべきである。そうすると,本願商標が,その指定役務のうち「温めた石を用いた灸(施術)」以外の指定役務に対して使用された場合には,役務の質の誤認を生ずるおそれがある。
以上によれば,本願商標は,役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標であるといえるから,商標法4条1項16号に該当する。
【コメント】
1.本判決は,商標法3条1項3号の趣旨及び判断基準について,従前の判例(最判昭54・4・10民集126号507号〔ワイキキ事件〕)及びこれに基づく多数の下級審裁判例(知財高判平26・5・14(平25(行ケ)10341号)〔オタク婚活事件〕,知財高判平26・8・6(平26(行ケ)10056号)〔ネットワークおまかせサポート事件〕,知財高判平27・9・16(平27(行ケ)10061号)〔納棺士事件〕,知財高判平27・9・16(平27(行ケ)10062号)〔湯灌士事件〕,知財高判平27・11・30(平27(行ケ)10152号)〔肉ソムリエ事件〕等)と同様に判示したうえで,当該商標の取引者、需要者によって当該役務に使用された場合に役務の質を表示したものと一般に認識されるかどうかは,当該商標の構成やその指定役務に関する取引の事情を考慮して判断すべきであると判示したものである。
2.本判決は,上記1の判示を前提に,本件における取引の事情について、次の通り認定判断したものである。すなわち,温石を用いた施術及び灸では,患部を熱で温める方法が,温めた石又は火をつけたもぐさのいずれを用いるかという点において異なるものの,熱を発する物体を身体の特定の位置に置き,熱の刺激による効果を得る施術であるという点において共通し,温石を用いた施術は,必ずしも灸と厳格に区別されない。また,本件業界においては,施術の方法や内容を表すものとして,灸に使用する材料や道具等の名称を冠した様々な名称の灸が存在するという実情もあり,さらに,灸に類似する効果を得ることができる施術が,「温石灸」との名称で広く行われている実情もあった。よって,「温石灸」の語からは,「火をつけたもぐさの代わりに温めた石を患部に置く,灸と同種の施術」を表す語として,「温めた石を用いた灸(施術)」ほどの意味合いが生じる。
3.以上より,本判決は,上記の商標法3条1項3号の趣旨及び判断基準を本件にあてはめて,本願商標は,第44類「あん摩・マッサージ及び指圧,きゅう,はり治療」等の指定役務との関係で,役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり,取引者・需要者によって当該指定役務に使用された場合に役務の質を表示したものと一般に認識されるものであるから,商標法3条1項3号に該当する,と認定判断したものである。また,本願商標が,その指定役務のうち「温めた石を用いた灸(施術)」以外の指定役務に対して使用された場合には,役務の質の誤認を生ずるおそれがあるので,商標法4条1項16号にも該当する,と認定判断したものである。
【判決の抜粋】
1.商標法3条1項3号の趣旨及び判断基準について
「商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くと規定されているのは,このような商標は,指定役務との関係で,その役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途その他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他役務の識別力を欠くものであることによるものと解される(最判昭和54年4月10日同53年(行ツ)第129号・最高裁裁判集民事126号507頁参照)。
そうすると,出願に係る商標が,その指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには,審決がされた時点において,当該商標が当該役務との関係で役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり,当該商標の取引者,需要者によって当該役務に使用された場合に,将来を含め,役務の質を表示したものと一般に認識されるものであれば足りると解される。そして,当該商標の取引者,需要者によって当該役務に使用された場合に役務の質を表示したものと一般に認識されるかどうかは,当該商標の構成やその指定役務に関する取引の事情を考慮して判断すべきである。」
2.本件商標による商標法3条1項3号該当性について
「本件審決がされた当時の本件業界においては,施術の方法や内容を表すものとして,灸に使用する材料や道具等の名称を冠した様々な名称の灸が存在するという実情があったといえるところ,温石を用いた施術が,患部を温めるための道具として火をつけたもぐさの代わりに温めた石を用いることにより,灸に類似する効果を得ることができる施術として,『味噌灸』等と同様に『温石灸』との名称でも広く行われている実情があったことを併せ考慮すると,本件審決がされた当時の本件業界において,『温石灸』の語は,『火をつけたもぐさの代わりに温めた石を患部に置く,灸と同種の施術』を表す語として,『温めた石を用いた灸(施術)』 ほどの意味合いの語であると取引者,需要者に容易に理解されるものであったというべきである。
したがって,本願商標の取引者,需要者は,『温石灸』の語が本願商標の指定役務に使用された場合には,『温めた石を用いた灸(施術)』ほどの意味合いを有する語であり,役務の質(内容)を表示したものと一般に認識するものというべきである。
以上によれば,『温石灸』の語は,本願商標の指定役務との関係で役務の質を表示するものとして取引に際し必要適切な表示であり,本願商標の取引者,需要者によって当該役務に使用された場合に,役務の質を表示したものと一般に認識されるものというべきであるから,本願商標の指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章であるといえる。
したがって,『温石灸』の漢字部分及びこの読みを表す「おんじゃくきゅう」の平仮名部分からなる本願商標は,その指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標と認めるのが相当である。」
3.本件商標による商標法4条1項16号該当性について
「本願商標は,その指定役務に使用された場合には,本願商標の取引者,需要者によって,『温めた石を用いた灸(施術)』という役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されるものというべきである。
そうすると,本願商標が,その指定役務のうち『温めた石を用いた灸(施術)』以外の指定役務に対して使用された場合には,役務の質の誤認を生ずるおそれがあるといえる。
以上によれば,本願商標は,役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標であるといえるから,商標法4条1項16号に該当するものと認められる。」
【Keywords】商標法3条1項3号,商標法4条1項16号,温石灸,自他商品・役務識別力,役務の質の誤認,取引の実情
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません
執筆:弁理士 角谷 健郎(日本弁理士会)
監修:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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