1.本件条項の有効性について
(1)本件条項は、契約終了後に、実演家らによる自ら習得した技能や経験を活用した活動を広範に制約し、実演家らの職業選択の自由ないし営業の自由を制約するものであるから、その目的、それにより保護される音楽事務所の利益、実演家らの受ける不利益その他の状況を総合考慮して、同制約に合理性がない場合には、公序良俗に違反し無効と解すべきである。
(2)そして、本件条項の目的に係る音楽事務所主張の先行投資回収は、上記制約によって達成されず、同制約と無関係であり、また、他の方法による金銭的な解決が可能であることに加えて、本件では相当期間の契約中に当然に完了していることから、その余を検討するまでもなく、同制約は合理性がなく、本件条項は公序良俗に違反し無効である。
2.本件グループ名について
(1)パブリシティ権について
実演家らグループに付されたグループ名についても、その構成員の集合体の識別情報として特定の各構成員を容易に想起し得る場合には、各構成員個人の人格権に基づき、人格権に由来する権利の一内容を構成するパブリシティ権を行使できると解される。そして、本件グループ名は、その各構成員を容易に想起し得ることから、その各構成員である実演家らが、パブリシティ権を行使できる。他方、本件では、音楽事務所には、契約終了後に、本件グループ名についてのパブリシティ権を行使する権原がない。
(2)実演家人格権(氏名表示権)について
このことは、実演家人格権である氏名表示権(著作権法90条の2)についても同様である。
1.本件条項の有効性について
裁判例上、一般に、退職後の競業避止義務契約は、判決要旨1(1)のように、債権者の利益、債務者の不利益及び社会的利害に立って、制限期間、場所的範囲、職種的範囲、代償の有無等を検討し、合理的範囲でのみ有効とされる(奈良地判昭45・10・23下民21巻9・10号1369頁)。ここで、債権者の利益は、不正競争防止法上の「営業秘密」に限定されない(東京高判平12・7・12(平11(ネ)5907号)裁判所ウェブサイト)ものの、いずれにしても、債権者の利益が債務者の退職後の競業避止によって守られ得べきものであることを前提に、合理的範囲が問題とされるものと考えられる。よって、判決要旨1(2)のように、音楽事務所の先行投資回収が、契約終了後の実演家らの活動の制約によって守られ得べきものでなく、他に守る方法があり、また、既に契約期間中に守られたような場合に、その点のみにより同制約が合理性がないと判断されることは当然であろう。
2.本件グループ名について
(1)判決要旨2(1)第一文は、実演活動上のグループ名に係るパブリシティ権の帰属・行使の判断基準について、裁判例(東京高判令2・7・10判時2486号44頁)を踏襲したものである。
(2)判決要旨2(2)は、実演活動上のグループ名に係る実演家人格権(氏名表示権)の帰属・行使の判断基準を実演活動上のグループ名に係るパブリシティ権の帰属・行使の判断基準と同じと判断したものである。
1.本件条項の有効性について
(1)「本件条項は、本件専属契約の終了後において、上記のような一審原告らの実演家としての活動を広範に制約し、一審原告らが自ら習得した技能や経験を活用して活動することを禁止するものであって、一審原告らの職業選択の自由ないし営業の自由を制約するものである。そうすると、本件条項による制約に合理性がない場合には本件条項は公序良俗に反し無効と解すべきであり、合理性の有無については、本件条項を設けた目的、本件条項による保護される一審被告会社の利益、一審原告らの受ける不利益その他の状況を総合考慮して判断するのが相当である。」
(2)「一審被告らは、本件条項について、先行投資回収のために設けたものであると主張しているところ、一審原告らの需要者(一審原告らのファン)に訴求するのは一審原告らの実演等であって、一審被告会社に所属する他の実演家の実演等ではないのであるから、本件条項により一審原告らの実演活動を制約したとしても、それによって一審被告会社に利益が生じて先行投資回収という目的が達成されるなどということはなく、本件条項による一審原告らの活動の制約と一審被告会社の先行投資回収には何ら関係がないというほかない。また、仮に、一審被告会社に先行投資回収の必要性があり、それに関して一審原告らが何らかの責任を負うような場合であったとしても、これについては一審原告らの実演活動等により生じる利益を分配するなどの方法による金銭的な解決が可能であるから、上記必要性は、本件専属契約終了後の一審原告らの活動を制約する理由となるものではない(加えて、本件専属契約の合意解約がされた令和元年7月13日までに、本件専属契約が締結された平成22年8月1日から約9年間、一審原告ら全員が本件グループに加入することとなった平成24年7月からでも約7年間が経過しており、また、本件専属契約も数回にわたり更新されてきたものであること(前提事実(2))からすると、本件においては、一審被告会社による先行投資の回収は当然に終了しているものと考えられるところである。)。
そうすると、その余の点につき検討するまでもなく、本件条項による制約には何ら合理性がないというほかないから、本件条項は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当である。」
2.本件グループ名について
(1)パブリシティ権について
「人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解され、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(パブリシティ権)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる(最高裁平成21年(受)第2056号同24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁)。そして、実演家団体に付されたグループ名についても、その構成員の集合体の識別情報として特定の各構成員を容易に想起し得るような場合には、芸名やペンネーム等と同様に、各構成員個人の人格権に基づき、グループ名に係るパブリシティ権を行使できると解される。」
「本件グループ名は、その構成員である一審原告らの集合体の識別情報として、その構成員である一審原告らを容易に想起し得るものであったと推認される。
そうすると、一審原告らは、本件グループ名についてパブリシティ権を行使することができる。」
「パブリシティ権は人格権に基づく権利であって一審被告会社に譲渡できるとは考え難い上、本件契約書をみても、一審原告らが一審被告会社に対してパブリシティ権を譲渡する旨の記載はなく、また、本件専属契約終了後において、一審原告らによるパブリシティ権の行使を制限する根拠となるような記載もない。……そうすると、一審被告会社には、本件専属契約終了後、本件グループ名についてのパブリシティ権を行使する権原がないというべきである。」
(2)実演家人格権(氏名表示権)について
「このことは、実演家人格権である氏名表示権(著作権法90条の2)についても同様であり、本件専属契約終了後において、一審被告会社に、一身専属権である実演家人格権としての氏名表示権、すなわち、本件グループの実演時に本件グループ名を表示するか否か等を決定する権利が帰属することはないから、一審被告会社は、本件グループ名について氏名表示権を行使することもできない。」
【Keywords】専属的マネージメント契約,競業避止義務,職業選択の自由,営業の自由,公序良俗違反,無効.民法90条,グループ名,パブリシティ権,人格権に由来する権利,実演家人格権,氏名表示権,著作権法90条の2
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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