知財高判令和元年8月29日(平成31年(ネ)第10002号)(大鷹裁判長)
(原判決:東京地判平成30年12月26日(平成30年(ワ)第13381号)(山田裁判長))
【判決要旨】
1.商品の形態は、本来的には商品の機能・効用の発揮や美観の向上等の見地から選択されるものであり、商品の出所を表示するものではないが、特定の商品の形態が、他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有し、かつ、その形態が長期間継続的・独占的に使用され、又は短期間でも効果的な宣伝広告等がされた結果、特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに、需要者の間に広く認識されるに至ることがあり得るというべきである。このような商品の形態は、不正競争防止法2条1項1号によって保護される他人の周知な商品等表示に該当するものと解される。
2.ある商品等表示が不正競争防止法2条1項1号所定の「他人の商品等表示」と類似のものに当たるか否かについては、取引の実情の下において、需要者又は取引者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断すべきである。
3.本件においては、原告商品の形態が、控訴人によって約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきたことにより、需要者である医療従事者の間において、特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに、原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていた。かかる状況下において、被控訴人によって原告商品の形態と極めて酷似する形態を有する被告商品の販売が開始されたものである。しかも、両商品は、消耗品に属する医療機器であり、販売形態が共通している。
以上に鑑みると、医療従事者が、医療機器カタログやオンラインショップに掲載された商品画像等を通じて原告商品の形態と極めて酷似する被告商品の形態に接した場合には、商品の出所が同一であると誤認するおそれがあるものと認められるから、被控訴人による被告商品の販売は、原告商品と混同を生じさせる行為に該当するものと認められる。
【コメント】
1.判決要旨1は、商品の形態の本来的な識別性を否定する一方、当該形態が使用での識別性・周知性の獲得により「(周知な)商品等表示」(不正競争防止法2条1項1号)に該当する可能性を肯定しつつ、その要件として当該形態の①独自の特徴と②長期間の継続的・独占的な使用又は短期間の効果的な宣伝広告等とを必要としたものであり、裁判例(知財高判平24・12・26判時2178号99頁〔眼鏡タイプのルーペ事件〕等)及び学説(経済産業省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法〔第2版〕」(2019、商事法務)63頁等)上、一般的なものである。
2.判決要旨2は、商品等表示としての原・被告商品の形態の「類似」(不正競争防止法2条1項1号)性の判断基準も商品等表示一般の類似性の判断基準(最判昭58・10・7民集37巻8号1082頁〔日本ウーマン・パワー株式会社事件〕、最判昭59・5・29民集38巻7号920頁〔フットボール・シンボルマーク事件〕等)と同様であることを判示したものであり、裁判例及び学説上、特に異論は見当たらない。
3.判決要旨3は、「混同を生じさせる行為」(不正競争防止法2条1項1号)の解釈として、出所・主体の同一性の混同(狭義の混同)のみならず、出所・主体の関連性の混同(広義の混同)をも含むこと(最判平10・9・10判時1655号160頁〔スナックシャネル事件〕等)、及び、現実の混同を必ずしも要さず、混同のおそれがあれば足りることを前提としつつ、その判断要素・方法として、原告の商品等表示の周知性の程度と原・被告の商品等表示の類似性の程度と原・被告の商品等の近接性の程度とを総合考慮することを基本としたものであり、これらの点については、裁判例及び学説上、特に異論は見当たらない。
他方、原判決が、原・被告商品の形態の類似性を考慮しつつも、(大規模な)医療機関において一般的な医療機器の取引に関する厳格なプロセス・ルール、需要者である医療従事者が専門家であるととともに、原・被告間の競合関係を認識していること等を重視して、狭義の混同のおそれのみならず、広義の混同のおそれをも否定したのに対し、判決要旨3は、上記総合考慮を基本としつつ、(小規模な)医療機関においては必ずしも上記プロセス・ルールによっていないこと、原・被告商品が比較的安価な消耗品であり、カタログやオンラインショップでも販売されていること等をも重視して、狭義の混同のおそれを肯定したものである。
【判決の抜粋】
1.「原告商品の形態が周知な商品等表示といえるか」について
(1)「商品の形態は、本来的には商品の機能・効用の発揮や美観の向上等の見地から選択されるものであり、商品の出所を表示するものではないが、特定の商品の形態が、他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有し、かつ、その形態が長期間継続的・独占的に使用され、又は短期間でも効果的な宣伝広告等がされた結果、特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに、需要者の間に広く認識されるに至ることがあり得るというべきである。このような商品の形態は、不競法2条1項1号によって保護される他人の周知な商品等表示に該当するものと解される。」
(2)本件において、「原告商品の形態は、控訴人が昭和59年に『SBバック』の販売を開始した当時から被告商品の販売が開始された平成30年1月頃の時点まで、他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有していたものと認められる。」
そして、「原告商品の形態は、控訴人によって『SBバック』の形態として約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきたことにより、少なくとも被告商品の販売が開始された平成30年1月頃の時点には、需要者である医療従事者の間において、特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに、原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていたものと認められる。」
2.「原告商品の形態と被告商品の形態とは類似するか」について
(1)「ある商品表示が不競法2条1項1号所定の『他人の商品等表示』と類似のものに当たるか否かについては、取引の実情の下において、需要者又は取引者が、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断すべきである。」
(2)本件において、「原告商品の形態と被告商品の形態は、主たる構成が共通し、排液ボトル及び吸引ボトルの具体的構成においても、多数の共通点を有し、しかも、排液ボトル及び吸引ボトルの寸法がほほ同一であることによれば、原告商品と被告商品は、同一の形態に近いといえるほど形態が極めて酷似し、原告商品の形態及び被告商品の形態に基づく印象が共通するものと認められる。」
他方、「排液ボトル及び吸引ボトルの文字色、目盛等の色の相違は、青色の同系色の範疇での相違であり、原告商品及び被告商品を全体として見れば、細部の相違にすぎないものである。」
また、「(上記1(2)に述べた)取引の実情の下においては、原告商品及び被告商品の吸引ボトルにおける商品名及び会社名の記載の表示の相違及びこの記載に基づく称呼の相違は、需要者である医療従事者が両商品の形態上の前記アの共通点から受ける印象を凌駕するものとはいえない。」
以上によれば、「需要者である医療従事者は、原告商品の形態と被告商品の形態を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるものと認められ、それ故、被告商品の形態は、控訴人の周知の商品等表示である原告商品の形態と類似のものと認められる。」
3.「被告商品の販売は原告商品と『混同を生じさせる行為』に当たるか」について
「原告商品の形態が、控訴人によって約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきたことにより、需要者である医療従事者の間において、特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに、原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていた状況下において、被控訴人によって原告商品の形態と極めて酷似する形態を有する被告商品の販売が開始されたものであり、しかも、両商品は、消耗品に属する医療機器であり、販売形態が共通していることに鑑みると、医療従事者が、医療機器カタログやオンラインショップに掲載された商品画像等を通じて原告商品の形態と極めて酷似する被告商品の形態に接した場合には、商品の出所が同一であると誤認するおそれがあるものと認められるから、被控訴人による被告商品の販売は、原告商品と混同を生じさせる行為に該当するものと認められる。」
4.原・被告商品の対比写真(判決書より引用)
(1)正面 (左:原告商品、右:被告商品)
(2)底面 (左:原告商品、右:被告商品)
【Keywords】不正競争防止法2条1項1号、商品の形態、識別性、周知性、類似性、狭義の混同、混同のおそれ、携帯用ディスポーザブル低圧持続吸引器、排液ボトル、吸引ボトル、住友ベークライト、日本コヴィディエン
※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません。
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:k_iida@nakapat.gr.jp