スポーツ法 ~ドーピング規制とスポーツビジネスを一例として~
1. はじめに
スポーツ法の分野は、一般のスポーツ事故・トラブルの問題をはじめとして、競技団体のガバナンス、ドーピング規制、プロ野球やオリンピックを含むスポーツビジネスの世界に至るまで様々な領域を含みますが、いずれも、他の法分野にはない特殊性があります。
一例として、競技団体のガバナンスについていえば、日本スポーツ仲裁機構 (JSAA)では、2003年の創設以来、これまで、種々の競技を統括する競技団体における、国際競技大会へ派遣される代表選手の選考を巡る争いや団体内部における地位を巡る争い等、団体における決定の公正性・透明性に関する紛争が審理され、判断されてきました。日本の競技団体におけるガバナンスの問題として、そもそも法人格を有しない団体が多く、決定過程の手続が明確でない場合があることや、慢性的な人手不足の問題に加え、日本のスポーツ界における独特の上下関係を背景として、決定過程における手続の公正性・透明性に充分に配慮することなく、選手に対して一方的に決定を押し付けようとしてしまうケースがあるともいわれています¹。
このように、多種多様な領域を含み、それぞれに特殊性のあるスポーツ法の分野の中でも、以下では、当事務所が実務上取り扱う機会が特に多い、ドーピング規制とスポーツビジネスに関してさらにご説明いたします。
2. ドーピング規制
スポーツ界における「ドーピング」とは、競技者がその競技能力を向上させることを目的として、薬物等を不正に使用することをいうものと理解されています。世界アンチ・ドーピング機構 (WADA) が定めた世界ドーピング防止規程 (WADA Code)に、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)、各種スポーツの国際競技連盟(IF)、各国・各地域におけるアンチ・ドーピング機構(NADO)をはじめとする関係機関が署名し、WADA Codeに準拠するドーピング防止規則を定めています。これらのドーピング防止規則に違反した競技者は、長期の資格停止措置が課され、競技者として致命的なダメージを受けることになります。日本では、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が、日本アンチ・ドーピング規程 (JADA Code) を定め、ドーピング規制を行っています。
ドーピング規制の手続的・実体的なルールは、他の法分野にはない大変特殊なものとなっています。例えば、ドーピング検査は、競技会の際に実施される検査(ICT)の他、競技会外検査(OCT)があり、登録対象者リスト (RTP)に登録された競技者は、毎日の居場所情報を提出する義務を負い、提出された居場所を訪問した検査員が競技者に会うことができなければ、それだけで違反となり、12箇月のうちに違反が3回累積すれば、2年間の資格停止が課されるという極めて厳格なものです。
検査で陽性反応が出ると、JADAが競技者に対し、アンチ・ドーピング規則違反の可能性に関する通知を行いますが、競技者がアンチ・ドーピング規則違反を自認し、聴聞を放棄等する場合を除き、日本アンチ・ドーピング規律パネルが聴聞会を行い、アンチ・ドーピング規則違反の事実や制裁措置について、決定をします。当該決定に対して不服がある場合には、国際競技大会における事案又は国際レベルの競技者が関係した事案を除き、JSAAに対する仲裁申立てをすることになります。
3. スポーツビジネス
著名な選手やスポーツチームは多くの人々の憧れの的であり、そのパブリシティは顧客吸引力を有します。著名な選手の氏名や肖像に係る権利は、商業的に利用される場面では、人格権である氏名権や肖像権とは区別され、パブリシティ権と呼ばれます。スポンサー企業は、著名な選手やスポーツチームと契約を締結し、パブリシティや商標等の使用許諾を得て、自社の商品・役務の宣伝広告を行っています。
このようなスポーツ・マーケティングを行うに当たっては、いわゆるアンブッシュ・マーケティング規制に留意する必要があります。アンブッシュ・マーケティングは、著名なイベントの知名度、評判、イメージ等を利用または流用する、いわゆる便乗広告を意味し²、特に、夏季・冬季オリンピック競技大会において問題となります。過去のオリンピック競技大会では、それぞれの開催国が特定の言葉やマークの使用を禁止する特別法を制定して、アンブッシュ・マーケティングを規制してきましたが、東京2020オリンピック競技大会では、特別法は制定されず、大会組織委員会が、商標法、不正競争防止法等の既存の法律に基づいて、企業に対して、広告の訂正等を指導・要請しました。しかしながら、既存の法律による保護では限界があり、法的な根拠が不明確な要請に対しては、過剰な規制であるとの批判もありました³。
オリンピック競技大会では、通常のアンブッシュ・マーケティング規制に加え、ルール40の適用に留意する必要があります。ルール40とは、オリンピック競技大会への参加者(選手等)の氏名、肖像等の大会期間中の商業的利用を規制するオリンピック憲章規則40付属細則3の規定であり、違反した場合には、選手等の大会参加資格が剥奪されるおそれがあり、万一、国民的な選手の大会参加資格が剥奪されたとなれば、スポンサー企業のレピュテーションの棄損は計り知れないものとなります。もっとも、選手のスポンサー企業としては、最も競技が注目を集める大会期間中こそ、選手を使ったプロモーションを行いたいのは当然であり、選手にとっても自らのスポンサーに利益を還元する絶好の機会です。そのため、ルール40の厳格な適用に対しては、選手を中心に厳しい批判があり、2019年にドイツ連邦カルテル庁が、上記規定が優越的地位の濫用であるとの予備的評価を行い、改善を指導したことが契機となって、2019年7月にオリンピック憲章が改正され、ルール40の一部が緩和された経緯があります。
以上に例示したとおり、スポーツ法の分野には、他の法分野にはない特殊なルールや慣習があります。実務を行う上では、そのような特殊なルールを、背景を含めて充分に理解することが重要であると考えております。
1 道垣内正人他編『スポーツ法への招待』(2012年、ミネルヴァ書房)、早川吉尚執筆「第Ⅳ章 スポーツ団体のガバナンス」
2 公益財団法人日本オリンピック委員会「東京2020オリンピック競技大会に関する知的財産保護 · 日本代表選手等の肖像使用について-マーケティングガイドライン-」(2021年6月10日)8頁
3 友利昴『オリンピックVS便乗商法』(2018年、作品社)

