◆判決本文
日本将棋連盟は、主催する棋戦について、スポーツ競技のように大きな会場を用意して入場者から入場料を徴収することで開催・運営費用等を賄うことができないため、リアルタイムの放送・配信権を控訴人等の放送・配信事業者に許諾して、控訴人等の放送・配信事業者を介して、会場を用意する主催者として物理的に独占できるリアルタイムの棋譜情報を将棋ファンに提供し、その対価を徴収し、これにより開催・運営費用等を賄うとともに利益を上げ、もって将棋文化の向上・発展に寄与しようとしている。そして、同許諾を受けた控訴人等の放送・配信事業者が、棋戦をリアルタイムで将棋ファンに有料放送・配信して、多額の負担金を回収し、利益を上げようとしていることも、かかるビジネスモデルに組み込まれたものである。
これに対し、被控訴人は、控訴人の上記配信を一視聴者としての費用負担のみで観戦して得たリアルタイムの棋譜情報を盤面上に再現してほぼ同時に無料で将棋ファンにユーチューブ等でライブ動画配信・提供し、これにより、自身の動画の視聴者を増加させる一方、少なくとも故意に、控訴人の上記配信の視聴者を減少させ、控訴人に直接的に損害を生じさせたものであり、日本将棋連盟の上記ビジネスモデルの成立を阻害し、ひいては現状のような規模での棋戦の存続を危うくしかねないものである。
加えて、被控訴人は、控訴人のみならず棋戦の他の動画配信者とも競争関係にあり、控訴人は、多額の費用を負担し、他の動画配信者は、日本将棋連盟の定めに従い、リアルタイムでの棋譜情報そのものを配信せず、他の工夫により視聴者獲得の競争をしている。これに対し、被控訴人は、一視聴者としての費用負担のみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、配信に利用することで、視聴者にアピールして収益を上げ、明らかに同競争の枠外の行為をしているものである。
したがって、少なくとも被控訴人の上記動画配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成し、これによって得られる利益は、法律上保護される利益に該当しないから、控訴人によるグーグル等への被控訴人の上記配信動画の削除申請が被控訴人の「営業上の利益」を侵害するとはいえない。
本件で問題となる棋譜情報が著作物ではないとした場合、従前、裁判例上、著作物性のない情報をデッドコピー等する行為について不法行為の成立を肯定したものが散見された(京都地判平元・6・15判時1327号123頁〔佐賀錦袋帯事件〕、東京高判平3・12・17知的裁集23巻3号808頁〔木目化粧紙事件〕、東京地判平13・5・25判時1774号132頁〔翼システム事件〕、知財高判平17・10・6(平17(ネ)10049号)裁判所ウェブサイト〔ヨミウリ・オンライン事件〕等)。
これに対し、近年、最高裁判決において、著作権法6「条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではない」旨が判示され、同各号所定の著作物に該当しない北朝鮮の映画の利用について不法行為の成立が否定された(最判平23・12・8民集65巻9号3275頁〔北朝鮮映画事件〕)。
そして、かかる最高裁判決以降、近時まで、知的財産法により保護されない事案における不法行為の成否について、裁判例上、最高裁判決の上記判示が反復・転用されることが多く、結論としても不法行為の成立を否定したものが多く下されていた(大阪地判平24・7・5(平23(ワ)13060号)裁判所ウェブサイト〔大江戸浮世絵暮らし事件〕、知財高判平25・9・10(平25(ネ)10039号)裁判所ウェブサイト〔光の人事件〕、知財高判平25・12・17(平25(ネ)10057号)裁判所ウェブサイト〔シャトー勝沼事件〕、大阪高判平26・9・26(平25(ネ)2494号)裁判所ウェブサイト〔ディスプレイフォント事件〕、大阪地判平28・9・29(平25(ワ)10425号等)裁判所ウェブサイト〔トレーラー事件〕、知財高判平30・6・20(平29(ネ)10103号等)裁判所ウェブサイト是認の東京地判平29・11・16(平28(ワ)19080号)裁判所ウェブサイト〔消防用特殊車両事件〕、知財高判平30・7・3(平30(ネ)10013号)裁判所ウェブサイト〔サイレンサー事件〕、東京地判平30・8・17(平29(ワ)21145号)裁判所ウェブサイト〔ロイロノートスクール事件〕、大阪地判平30・10・18(平28(ワ)6539号)裁判所ウェブサイト〔ごみ箱・傘立て事件〕、知財高判平30・12・6(平30(ネ)10050号)裁判所ウェブサイト〔SAPIX事件〕、知財高判令元・9・20(平30(ネ)10049号)裁判所ウェブサイト〔放射能汚染水からの多核種除去技術事件〕、知財高判令3・9・29(令3(ネ)10028号)裁判所ウェブサイト〔放置少女事件〕、知財高判令4・8・31(令4(ネ)10035号)裁判所ウェブサイト是認の東京地判令4・2・24(令3(ワ)10987号)裁判所ウェブサイト〔日本の奨学金はこれでいいのか!事件〕等)(詳細は、上野達弘「民法不法行為による不正競争の補完性--『知的財産法と不法行為法』をめぐる議論の到達点-」別冊パテント29号15頁以下を参照されたい)。
かかる状況の下、①原告商品「ワンスプーン」の販売終了後に、その販売用ウェブページを一部改変・流用し、その改良・後継商品であるかのように被告商品「プレミアムワンスプーン」の販売を開始し、リピート購入する原告商品の顧客を誤認させ、かかる誤認を利用して被告商品を販売し、原告の顧客を奪ったことによる不法行為の成立を肯定し、これを否定した原判決を取り消した大阪高判令和5年9月24日(令4(ワ)3392号)裁判所ウェブサイト〔ワンスプーンプレミアム事件〕や、②バンドミュージックの楽曲の演奏を聴音して採譜したバンドスコアの模倣による不法行為の成立を肯定し、これを否定した原判決を取り消した東京高判令和6年6月19日2024WLJPCA06196003〔バンドスコア事件〕に引き続き、本判決は、控訴人が営業誹謗(不正競争防止法2条1項21号)により不法行為を行った被控訴人の「営業上の利益を侵害」(不正競争防止法3条及び4条)したものではないとの文脈においてではあるが、上記最高裁判決以降に知的財産法により保護されない事案における不法行為の成立を肯定し、これを否定した原判決を取り消した、新たな流れによる近時の裁判例の一つとしての意義を有するものである。
もっとも、その後、さらに、本件と類似の事案において、知財高判令和7年2月19日(令6(ネ)10025号等)裁判所ウェブサイト〔棋譜情報動画配信Ⅱ事件〕が、動画配信者による被控訴人への損害賠償請求を一部認容した原判決(東京地判令6・2・26(令5(ワ)70052号))を、「被控訴人は、・・・著作権侵害申告が不正競争防止法2条1項21号に規定する不正競争行為(虚偽告知)に該当するとの控訴人の主張を争っていない」訴訟状態におけるものではあるものの、是認したことに鑑みると、かかる新たな流れが今後の裁判実務上如何なる程度に定着し得るかは、必ずしも明らかではない。
この点、上記最高裁判決は、著作権法6「条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為」が「不法行為を構成する」「特段の事情」として、「同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害する」場合を例示(「など」参照)したものと理解される。また、上記最高裁判決は、補足的に本件利用行為が「営業・・・妨害・・・とは到底いえない」と述べているように、かかる「特段の事情」又はその例示に当たるものの一つとして、営業妨害を想定するものと理解される(山田真紀「最高裁判所判例解説民事篇(平成23年度)」(法曹会、平26)727頁)。
そして、かかる「特段の事情」及びその例示について、上記東京高判令和6年6月29日〔バンドスコア事件〕においては、バンドスコアの模倣は、他人が投じた「時間、労力及び費用」に「フリーライド」し、「営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為であって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものということができ」、「特段の事情」が認められるものと判示された。かかる判示に照らして、上記東京高判令和6年6月29日〔バンドスコア事件〕は、通常部の判断ではあるものの、上記最高裁判決と親和性が比較的高く、それ故、今後の裁判実務上比較的定着し易いように思われる。
他方、本判決においては、上記大阪高判令和5年9月24日〔ワンスプーンプレミアム事件〕において「自由競争の範囲を逸脱した違法な販売態様で控訴人の顧客を奪っている」と判示されたのと同様に、「自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害する」ものと判示されたところ、かかる判示は、上記最高裁判決より前の肯定裁判例(東京高判平3・12・17知的裁集23巻3号808頁〔木目化粧紙事件〕(「公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するもの」)、東京地判平13・5・25判時1774号132頁〔翼システム事件〕(「公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するもの」)等)の判断基準には親和的であるものの、その内包及び外延が具体的に必ずしも明確ではなく、上記最高裁判決にいう「特段の事情」及びその例示との関係も明らかではない。かかる判示に照らして、本判決は、知財集中部の判断ではあるものの、上記最高裁判決と親和性が比較的低く、それ故、今後の裁判実務上定着するか否かが微妙であるように思われなくもない。
「棋戦を主催(新聞社等あるいは控訴人との共催を含む。)する日本将棋連盟は、棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げ、これにより棋戦を主催するための開催・運営費用を賄っていること、そして、上記許諾を受けた控訴人ら放送配信事業者は、当該棋戦を有償配信し、これにより棋戦の配信の権利の許諾を受けるために負担した協賛金ないし契約金を回収し、さらに利益を上げようとしているものと認められるが、日本将棋連盟がリアルタイムの棋戦の放送・配信につき、このようなビジネスモデルを採用する理由は、同連盟の目的を達成するための事業をする上で、将棋はスポーツ競技のように大きな会場を用意して入場者から入場料を徴収することで開催・運営費用等を賄うことができないことから、会場を用意する主催者として物理的に独占できるリアルタイムの棋譜情報を、控訴人のような放送配信事業者を介して将棋ファンに提供することで、将棋ファンから上記放送配信事業者を介して対価を徴収し、これにより開催・運営費用等を賄うとともに利益を上げ、もって将棋文化の向上発展に寄与しようとしているものと考えられる。そして、放送配信事業者である控訴人の収益構造も、このようなビジネスモデルに組み込まれたものということができる。
これに対し、被控訴人のしていた本件動画の配信は、自らは一視聴者として控訴人の配信する棋戦を観戦しながら、そこで得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するものであるが、将棋ファンにとっては、被控訴人が配信する動画を視聴すれば無料で棋戦のリアルタイムでの棋譜情報が得られるのであるから、対価を支払ってまでして控訴人から棋戦の配信を受けようとしなくなることが十分考えられ、現に、被控訴人の動画配信の結果、控訴人の有償配信サービスへのアクセス数は減少し、同サービスの加入者からの売上げは減少していることがうかがわれるし(乙25ないし28、42)、被控訴人自身、控訴人による本件削除申請後、リアルタイムでの棋譜情報を提供する動画配信を止めたことで視聴率が下がったというのであるから(前提事実(3))、被控訴人はリアルタイムの棋譜情報を提供することで本件動画の視聴者を増加させていたことも推認できる。そうすると、被控訴人による本件動画の配信は、対価を支払って控訴人から配信を受ける将棋ファンを減少させるものであって、このことによって控訴人に対して直接的に損害を生じさせるものであるし、また、このような行為が多数の動画配信者によって繰り返されるなら、控訴人の収益構造でもある日本将棋連盟がよって立つ上記ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させていくことを危うくしかねないものといえる。
なお、控訴人のする棋戦の配信が、会場の映像を視聴でき、高段者の棋士等による実況解説もされているものである(前記(1)イ)のに対し、被控訴人のそれは会場の映像を視聴できるものではなく、盤面上に棋譜を再現し、AIによって計算された評価値を表示するほか、被控訴人が視聴者とチャット機能を利用した会話をするというものであって(前提事実(2)イ)、異なる特徴を有するが、棋戦を観戦する将棋ファンにとって重要であるのはリアルタイムでの盤面の推移であって、それは文字情報(たとえば「△4三金」のように表示できる。)のみであっても足りるものと考えられるから、上記の配信内容の違いは、被控訴人がした本件動画の配信が控訴人のする配信の視聴者を減少させ、控訴人に損害を生じさせるとの上記認定を左右するものとはいえない。
そして、被控訴人は、本件動画の配信に当たり、控訴人から有料で配信を受けていたというのであるから(前提事実(3))、上記のとおりの日本将棋連盟のビジネスモデルに組み込まれた控訴人の収益構造を理解していたはずであり、そうすると本件動画を将棋ファンに無料で配信し視聴させることが、その反射として控訴人から有料で配信を受けていたはずの将棋ファンを減少させ、その結果が控訴人に損害を与えることも認識していたと認められる。そればかりか、被控訴人が、本件動画の配信前からリアルタイムの棋譜情報を提供する動画配信をしており、かつ、これを禁じようとする日本将棋連盟のビジネスモデルの在り方を批判し、本件動画の配信を適法とすることで、そのビジネスモデルが崩壊してもやむを得ないような主張すらしていることからすると、被控訴人は、上記のような動画配信をすることで日本将棋連盟及びそのビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的すらあったことさえうかがえる。
以上のほか、被控訴人は、控訴人のみならず被控訴人同様の棋戦の動画配信者と棋戦の配信を巡って競争する関係にあるといえるが、控訴人はそのために多額の費用負担をしているわけであるし、他の棋戦の動画配信者は主催者の定めるところに従い、リアルタイムでの棋譜情報そのものを配信せず他の部分で工夫をして視聴者を惹きつけることで視聴者獲得の競争をしていることがうかがえるから、一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、しかも、これにより控訴人に対して故意に損害を与えている被控訴人による本件動画配信は、明らかに上記競争の枠外の行為をしているものということができる。
なお、被控訴人が主張するようにリアルタイムでの棋譜情報の利用制限というルールは、日本将棋連盟等の主催者が一方的に定めたものにすぎず、また、主催者と契約を結ばない被控訴人は、この利用制限について法的に拘束されないが、被控訴人が侵害されたと主張する営業上の利益は、他の競争者が主催者の定めたルールに従うことで価値が増したリアルタイムの棋譜情報を利用することにより、棋戦を主催・運営するための必要なビジネスモデルが成立している中(他の動画配信者がみな一斉に被控訴人同様の行為に及べば、リアルタイムでの棋譜情報の価値は損なわれて現状のビジネスモデルは成り立たなくなると考えられる。)、他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立った上、競争者である控訴人の営業上の利益も侵害することで得ている利益であるといえるから、上記の点を踏まえても、これを社会通念上、許された自由競争で得た利益ということはできない。
したがって、少なくとも控訴人が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである。」
「仮に本件削除申請が不当なものであるとの被控訴人の主張が当たっていたとしても、そのことで翻って被控訴人がする本件動画配信という営業に法律上保護される利益があるということにはならないが、その点をおいても、棋譜が著作物ではないとする確定判例は未だないし、棋譜が著作物であるとする学説(乙11)が存在することは被控訴人も否定していない以上、本件削除申請当時、本件動画の配信が著作権侵害には該当しないことを控訴人が認識していたとは断定できない。また、本件削除申請において、著作権侵害を理由としたことが結果的に誤りであったとしても、ユーチューブ及びツイキャスを利用する上で被控訴人も拘束されるそれぞれの利用規約(前提事実(4))によれば、投稿された動画に著作権侵害があった場合だけでなく、第三者に損害を及ぼし、あるいは財産権を侵害するのであれば、ユーチューブ及びツイキャスいずれであっても、当該動画は削除対象になるものとされていることからすると、本件動画の配信が不法行為であるとの裁判所の判断が示されたなら、これを理由に削除するという対応もあり得たと考えられるから、不法行為者である被控訴人との関係では、本件削除申請が不当であったとはいえない。さらにまた、本件削除申請は、対象とした本件動画だけでなく、被控訴人が配信予定としていた動画の配信も阻止する効果を生じたものであるが(別紙「本件動画等目録」の「配信停止期間の放送予定対戦」欄参照)、配信予定の動画も、日本将棋連盟等の主催者から許諾を受けずにリアルタイムの棋譜情報を提供するものであったはずであるから、結果的にこれを予防的に差し止めることになったところで、被控訴人に法律上保護される利益が侵害されたという余地はない。」
「以上検討したところによれば、被控訴人による本件動画の配信は、控訴人の営業上の利益を侵害する違法なものであって不法行為に該当し、これによって得られる利益は法律上保護される利益に該当しないから、本件動画の配信との関係では、被控訴人には不競法によって保護されるべき「営業上の利益」も「営業上の信用」も存在するとはいえない。」
【Keywords】日本将棋連盟、棋戦、棋譜情報、動画配信、削除申請、営業誹謗、不正競争防止法2条1項21号、営業上の利益の侵害、不法行為
※本稿の内容は、一般的な情報を提供するものであり、法律上の助言を含みません。
文責:弁護士・弁理士 飯田 圭(第二東京弁護士会)
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