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【特許★★】特許権侵害訴訟(独占禁止法違反が認められ、差止請求、損害賠償請求が権利濫用として棄却された初めての事例。(独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項))

2021年04月16日

-平成29年(ワ)第40337号「情報記憶装置」(リコーv.再生業者)事件<佐藤裁判長>-

 

◆判決本文

 
 

【本判決の核心部分、ロジック】

1.判旨抜粋(引用)

『…公正取引委員会による審査事例(…)公正取引委員会は,平成16年10月21日付けで「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」と題する報道資料を公表し,同委員会は,キヤノンが同社製カラーレーザープリンタに使用されるトナーカートリッジのICタグに搭載されたICチップに記録された情報の書き換え等を困難にして,当該カートリッジの再生品が作動しないようにすることにより,当該再生品の販売を困難にさせている疑いがあることから,独占禁止法の規定に基づき審査を行ってきたところ,キヤノンの措置により再生業者が再生品を再生販売することが可能になったことから上記審査を終了することとしたと発表した。…同社製カラーレーザープリンタに使用されるカートリッジの再生品の利用を望むユーザーに対し,再生業者が再生品を提供することは可能になっており,独占禁止法上の問題は解消している…。…

独占禁止法21条は,「この法律の規定は,…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているが,特許権の行使が,その目的,態様,競争に与える影響の大きさなどに照らし,「発明を 奨励し,産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し,又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については,独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当しないものとして,同法が適用されると解される。同法21条の上記趣旨などにも照らすと,特許権に基づく侵害訴訟においても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。…

本件書換制限措置により,被告らがトナーの残量の表示 が「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合,被告らは,競争上著しく不利益を被る…。…本件書換制限措置は,トナーの残量表示の正確性担保のための装置としては,その必要性の範囲を超え,合理性を欠くものである…。…このような原告の一連の行為は,これを全体としてみれば,トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり,トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し,公正な競争を阻害するものとして,独占禁止法(独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項)と抵触するものというべきである。 そして,本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると,本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。』

 

2.若干の考察(+本判決のロジック)

本判決は、①事実認定を行い、②「前提となる考え方」を示した上で、③特許権者製品が備える「書換制限措置」の競争制限の程度、④特許権侵害を回避しつつ競争上の不利益を被らない方策の存否、⑤本件書換制限措置の必要性及び合理性を其々検討し、結論として⑥権利濫用に当たると結論したものである。

本判決は、②「前提となる考え方」において、「独占禁止法…21条の上記趣旨などにも照らすと,特許権に基づく侵害訴訟においても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得る」と判示した。すなわち、独占禁止法違反に該当する場合でも、直ちに権利濫用となるというロジックではない。(特許法104条の3制定前、(明らかな)無効理由があれば直ちに権利濫用とされていたこととは異なる。)

本判決のあてはめを見ても、「原告の一連の行為は,これを全体としてみれば,トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり,トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し,公正な競争を阻害するものとして,独占禁止法(独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項)と抵触するものというべきである。」として一旦独占禁止法違反であることを認定した上で、これに続いて、「そして,本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると,本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは,特許法の目的である『産業の発達』を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。」と判断しており、独占禁止法違反と権利濫用とを二段階であてはめている。

結論に決定的な影響を及ぼすものではないが、独占禁止法違反であれば直ちに権利濫用となるか、それとも、独占禁止法違反であっても権利濫用となるか否かは論点でありうるが、本判決は、独占禁止法違反に該当する場合でも、直ちに権利濫用となるというロジックではないと理解できるものである。

何れにしても、特許権侵害訴訟における抗弁として独占禁止法違反に基づく権利濫用を主張する際は、本判決のロジック及び検討事項・考慮要素は非常に参考になる。

 

【本判決の判旨(※(1)~(6)のタイトル以外は、判決文中の証拠番号、判決文中の前出部分をリファーした部分を削除してそのまま引用した。(1)~(6)のタイトルは引用ではない。)】

 
(1)本判決の「認定事実」

 ア 原告電子部品のメモリに保存される情報の内容
・・・
 イ 原告プリンタにおけるトナー残量の計算方法
原告プリンタにおいては,トナー残量が段階的に表示される

 ウ 原告製品の印刷枚数
・・・
 エ 使用済みの原告製品を再度原告プリンタに装着した場合の残量表示
原告の製造する純正品を使用した後,使用済みの原告製品にトナーを補充して原告プリンタに装着すると,トナーの残量表示は「?」と表示される。

 オ 原告による純正品の使用勧奨
原告のウェブサイトには,「消耗品はリコー純正品をご使用ください。
プリンタの性能を安定した状態でご使用いただくために,リコー純正品のご使用をおすすめします。リコー純正品以外のご使用は,印字品質の低下やプリンタ本体の故障など,製品に悪影響を及ぼすことがあります。消耗品原因の故障において,リコー純正品以外のご使用の場合は,保証期間内や保守契約時でも有償修理となりますのでご注意ください。」との記載がある。

 カ 原告製品及び被告製品の販売価格
・・・

 キ E&Qマークの取得等
被告DSジャパンのウェブサイトには,被告製品が「高品質で低価格」,「高品質で安全なリサイクルトナーを安価で販売」などと記載され,その品質が優れていることが強調され,更に「当社リサイクルトナーの品質として,E&Qマークを取得している旨が記載されている。
E&Qマークは,AJCRが制定したマークであり,再生品のトナーカートリッジについて,第三者審査機関が再生品の製造工場に出向き,所定の環境管理基準及び品質管理基準に基づく審査を行い,これに適合すると判定された製品に付されるものである。品質関連基準の項目には,印刷枚数が純正比90%以上であることなどが含まれる。

 ク 再生品トナーカートリッジの市場シェア
トナーカートリッジにおける平成21年から平成29年までのリユース率(新品〔純正品と汎用品〕に対するリユース品の割合)は,モノクロで32.9~37.2%(平成29年は34.9%),カラーは11.4~16.0%(平成29年は13.4%),モノクロ・カラー合計は23.1~26.4%(平成29年は23.3%)の範囲内で推移している。

 ケ 公官庁の入札条件
東京国税局による平成29年1月の被告製品を含むカラーレーザープリンタ用トナーカートリッジ等の入札において,メーカーによる再生品以外の再生品については,「ISO14001」及び「ISO9001」を取得した工場で製造された再生品であること,E&Qマーク等を取得したものであること,チップ装着タイプのトナーカートリッジに装着するチップは,リサイクルの都度,確実に情報を書き換えることなどの条件が付されている。
また,東北農政局による平成29年2月の富士ゼロックス製プリンタ用トナーカートリッジ等の入札においては,再生品について,ISO9000シリーズを認証取得した工場で生産された製品であること,E&Qマーク等の認証を取得しており,純正品と同等の機能を有することなどが条件とされている。

 コ 公正取引委員会による審査事例
公正取引委員会は,平成16年10月21日付けで「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」と題する報道資料を公表し,同委員会は,キヤノンが同社製カラーレーザープリンタに使用されるトナーカートリッジのICタグに搭載されたICチップに記録された情報の書き換え等を困難にして,当該カートリッジの再生品が作動しないようにすることにより,当該再生品の販売を困難にさせている疑いがあることから,独占禁止法の規定に基づき審査を行ってきたところ,キヤノンの措置により再生業者が再生品を再生販売することが可能になったことから上記審査を終了することとしたと発表した。
  (ア) 同資料の本体には,以下の記載がある。
   a キヤノンは,同社製のカラーレーザープリンタに使用されるカートリッジについて,プリンタ本体の損傷防止及び純正品が使用された場合の印字品質を確保する観点から,ICタグを搭載し,そのICチップに寿命データを記録している。そして,セキュリティなどの理由から,再生業者が当該寿命データを書き換えることにより初期状態に戻して再生品として利用することは困難となっている。
   b 上記カラーレーザープリンタは,ICチップに寿命データが記録されていても,トナーが充填された再生品を当該プリンタに装着した場合には,純正品ではないと認識し,当該プリンタ本体のパネルに「カートリッジフセイ」と表示される。ただし,ユーザーが所要の操作を行うことにより印刷を継続することはできるので,再生業者が寿命データを書き換えなくてもカートリッジを再生利用することは可能である。
   c 上記bの場合であっても,一定の条件を満たす場合には,当該再生品は寿命に達した純正品と認識され,当該プリンタが作動しないことがある。このため,再生業者がユーザーに対して再生品を販売するに当たり支障が生じている。
   d キヤノンは,再生品の使用を希望するユーザーの存在を考慮し,再生品の使用に支障が生じることがないように,以下の対応を行った。
   (a) 再生業者の団体に対し,再生品が装着されたプリンタの作動する条件について説明するとともに,取扱説明書の記載も一部修正することとした。
   (b) 「カートリッジフセイ」との上記表示についても,ユーザーが再生品を使用することをためらわせることのないような表現に修正することとした。
   (c) 一部のカラーレーザープリンタでは,再生品が装着された場合には色調整の機能が働かない場合があったが,上記修正に併せて,その原因となっていたソフトウェアのプログラムの誤りを修正することとした。
   e 上記dの対応により,同社製カラーレーザープリンタに使用されるカートリッジの再生品の利用を望むユーザーに対し,再生業者が再生品を提供することは可能になっており,独占禁止法上の問題は解消しているものと認められる。
  (イ) 同資料の別紙「レーザープリンタに装着されるトナーカートリッジへのICチップの搭載とトナーカートリッジの再生利用に関する独占禁止法上の考え方」には,公正取引委員会の以下の見解が示されている。
   a レーザープリンタのメーカーがその製品の品質・性能の向上等を目的として,カートリッジにICチップを搭載すること自体は独占禁止法上問題となるものではない。
   b しかし,プリンタのメーカーが,例えば,技術上の必要性等の合理的理由がないのに,あるいは,その必要性等の範囲を超えて,①ICチップの書換えを困難にして,カートリッジを再生利用できないようにすること,②ICチップにカートリッジのトナーがなくなった等のデータを記録し,再生品が装着された場合,レーザープリンタの作動を停止したり,一部の機能が働かないようにすること,③ICチップの制御方法を複雑にしたり,頻繁に変更することにより,ユーザーが再生品を使用することを妨げる場合には,独占禁止法上第19条(不公正な取引方法第10項[抱き合わせ販売等]又は第15項(現第14項)[競争者に対する取引妨害])に違反するおそれがある。

 
(2)本判決が判示した、「前提となる考え方」
本件は,被告らが原告電子部品を被告電子部品に取り替えて被告製品を販売等する行為をしたことに対し,原告が,被告らの行為は本件各特許権を侵害するものであるとして,被告製品の製造,販売の差止めなどを求める事案であるが,これに対し,被告らは,本件書換制限措置及び本件各特許権の行使は,一体として原告プリンタ用の再生品トナーカートリッジである被告製品を市場から排除しようとするものであり,消尽の趣旨に反するとともに,公正な競争を阻害して独占禁止法に違反するものであるから,本件各特許権の行使は権利の濫用に当たり許されない旨主張する。
独占禁止法21条は,「この法律の規定は,…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているが,特許権の行使が,その目的,態様,競争に与える影響の大きさなどに照らし,「発明を奨励し,産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し,又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については,独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当しないものとして,同法が適用されると解される。
同法21条の上記趣旨などにも照らすと,特許権に基づく侵害訴訟においても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。
ところで,一般指定14項(競争者に対する取引妨害)は,「自己…と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について,契約の成立の阻止,契約の不履行の誘因その他いかなる方法をもってするかを問わず,その取引を不当に妨害すること」を不公正な取引方法に当たると規定しているところ,乙3先例において,公正取引委員会が,プリンタのメーカーが,技術上の必要性等の合理的理由がなく又はその必要性等の範囲を超えてICチップの書換えを困難にし,カートリッジを再生利用できないようにした場合や,ICチップにカートリッジのトナーがなくなったなどのデータを記録し,再生品が装着されたときにレーザープリンタの機能の一部が作動しないようにした場合には同項に違反するおそれがあるとの見解を示している。
以上を踏まえると,本件において,本件各特許権の権利者である原告が,使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で,その実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより,リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害を回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造,販売等することを制限し,その結果,当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で,同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には,当該権利行使は権利の濫用として許容されないものと解すべきである。
以下,本件各特許権の行使が権利の濫用に該当するかどうかについて,検討する。
 
(3)本判決が判示した、「トナーの残量表示を『?』とすることによる競争制限の程度」
 ア 原告プリンタにおいては,純正品であるトナーカートリッジが装着された場合には,トナー残量が段階的に表示されるのに対し,使用済みの原告製品にトナーを補充した再生品が装着された場合には,印刷動作には支障がないものの,トナーの残量表示が「?」と表示されるとともに,トナーがもうすぐなくなる旨の予告表示はされず,トナーを使い切ると,トナーがなくなった旨のメッセージが出て,赤色ランプが点灯するとの事実が認められる。

 イ 原告は,トナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジであっても印刷は可能であり,ユーザーは価格を重視するので,純正品に比較して廉価な再生品が競争上の不利益を被ることはないと主張する。
  (ア) しかし,市場で競合する他の製品の場合と異なり,トナーカートリッジの再生品の場合には,再生品の価格の方が純正品の価格よりある程度安いことはそのユーザーにとって当然の前提であり,再生品がユーザーに対して訴求力を有するのは,再生品と純正品の価格差のみならず,当該再生品が純正品との価格差にもかかわらず,純正品と同等の品質を備えているという点にあると考えられる。
  (イ) このことは,被告DSジャパンのウェブサイトにおいて,被告製品が「高品質で低価格」,「高品質で安全なリサイクルトナーを安価で販売」などと記載され,その品質が優れていることが強調され,更に「当社リサイクルトナーの品質」として,E&Qマークを取得している旨が記載されていることからもうかがわれるところである。
また,原告のウェブサイトには,「プリンタの性能を安定した状態でご使用いただくために,リコー純正品のご使用をおすすめします。リコー純正品以外のご使用は,印字品質の低下やプリンタ本体の故障など,製品に悪影響を及ぼすことがあります。」と記載されており,同記載に接したユーザーは,プリンタメーカーは品質上の理由から純正品の使用を勧めており,廉価な再生品の購入に当たっては,その品質に十分に留意する必要があることを容易に理解し得るものと考えられる。
  (ウ) さらに,再生品トナーカートリッジの市場シェアをみると,トナーカートリッジにおける平成21年から平成29年までのリユース率は,モノクロ・カラー合計で23.1~26.4%で推移しているものと認められる。再生品の価格が純正品に比べて廉価であり,価格面においては競争上優位に立っているにもかかわらず,その市場シェアが上記の程度にとどまっているとの事実は,ユーザーにとってトナーカートリッジ再生品の品質が非常に重要であり,再生品がユーザーの信頼を得ることが難しいことを示しているものということができる。
  (エ) 以上のとおり,ユーザーは,再生品を購入するかどうかを決めるに当たり,純正品との価格差に勝るとも劣らず,その品質が純正品と同等かどうかを重視しているということができる。

 ウ 本件において,原告プリンタに純正品であるトナーカートリッジを装着した場合には,トナー残量が段階的に表示されるのに対し,再生品を装着した場合には,トナーの残量表示が「?」と表示され,予告表示もされない。
プリンタにとってトナー残量表示は一般的に備わっている機能であると認められるところ,トナー残量が「?」と表示されると,ユーザーとしてはいつトナーが切れるかの予測がつかないことから,トナーが切れたときに備えて予備のトナーカートリッジを常時用意しておかなければならず,トナー残量の表示がされる場合に比べ,本来不必要な保守・管理上の負担をユーザーに課すこととなる。
また,プリンタに純正トナーカートリッジを装着した場合にトナー残量が「?」と表示されることは通常あり得ないことから,同表示に接したユーザーは,トナーカートリッジの再生品の品質にはやはり問題があって,プリンタのトナー残量表示機能が正常に作動していないのではないか,あるいは,トナーカートリッジが純正品ではないことからプリンタがトナーカートリッジに記録された情報を適正に読み取ることができないのではないかなどの不安感を抱き,再生品の使用を躊躇すると考えられる。
前記のとおり,プリンタメーカーである原告自身が品質上の理由から純正品の使用を勧奨していることや,価格差にもかかわらず再生品の市場占有率が一定にとどまっていることなどに照らすと,我が国において再生品の品質に対するユーザーの信頼を獲得するのは容易ではないものと考えられる。このような状況下において,トナーの残量が「?」と表示される再生品を販売しても,その品質に対する不安や保守・管理上の負担等から,我が国のトナーカートリッジ市場においてユーザーに広く受け入れられるとは考え難い。

 エ 実際のところ,我が国のトナーカートリッジ市場において,トナー残量を「?」と表示する再生品が製造,販売等されていることを示す証拠は存在しない。このことは,原告製のプリンタのうち,対応するトナーカットリッジの電子部品のメモリの書換えが可能な機種はもとより,本件書換制限措置がされている機種(C830及びC840シリーズ)についても同様である。被告らを含むリサイクル事業者が,わざわざ費用を費やして原告電子部品のメモリの書換え又は同部品の取替えを行い,トナー残量が表示されるようにした上で再生品を販売しているとの事実も,トナー残量を「?」と表示するトナーカートリッジを市場で販売したとしても,ユーザーから広く受け入れられる可能性が低いことを示しているというべきである。

 オ 加えて,公的機関によるカラーレーザープリンタ用トナーカートリッジ等の入札においては,メーカーによる再生品以外の再生品について,トナーカートリッジに装着するチップの情報を,リサイクルの都度確実に書き換えることや,純正品と同等の機能を有することなどが条件とされているものがあるとの事実が認められる。これによれば,本件書換制限措置がされている原告電子部品について,被告電子部品と取り替えることなく,トナー残量が「?」と表示される再生品を製造,販売等した場合,このような条件を課す公的機関による入札において当該再生品が入札条件を満たす可能性は低いというべきである。
この点について,原告は,上記の入札条件は,あらゆる点で純正品と同等の機能を有することまで求める趣旨ではなく,又は定型的な条件にすぎずメモリの書換えが制限されていることを想定したものではないと主張する。しかし,トナー残量が正確に表示されない再生品が「純正品と同等の機能」を有するということはできず,また,電子部品のメモリの情報を確実に書き換えるという条件が定型的なものであるとしても,他の手段により電子部品のメモリの情報を書き換えた場合と同様のトナー残量表示をすることが求められる可能性が高いと考えるのが自然である。
したがって,本件書換制限措置により,被告らが官公庁等との取引を継続し得なくなることはあり得ないとの原告の主張は採用し得ない。

 カ 以上のとおり,本件書換制限措置により,被告らがトナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合,被告らは,競争上著しく不利益を被ることとなるというべきである。
 
(4)本判決が判示した、「本件各特許権の侵害を回避しつつ,競争上の不利益を被らない方策の存否」

 ア 被告らは,原告製プリンタのうち,本件書換制限措置がされていない機種に適合するトナーカートリッジについて,トナー残量が「?」と表示される製品を販売するのではなく,電子部品のメモリを書き換え,トナー残量の表示をすることができるようにした上で販売しており,本件書換制限措置がされているC830及びC840シリーズ機種についても,同措置がとられていなければ,同様にメモリを書き換えることにより再生品を製造,販売していたものと推認される。
本件書換制限措置は,原告製プリンタのうち,同各シリーズについて,被告らによるこうした従前の対応を採り得なくするものであるが,被告らは,これにより競争上の不利益を被ることなく特許権侵害を回避することが困難な状況に置かれたと主張するのに対し,原告は,被告電子部品の構造を工夫するなどして,本件各特許権の侵害を回避することは可能であると主張する。

 イ そこで,まず,前提として,被告らが従来行っていた原告電子部品のメモリの書換行為が本件各特許権を侵害するかどうかについて検討する。
  (ア) インクタンク事件最高裁判決は,譲渡済みの特許製品について加工等がされた場合の特許権侵害の成否について,「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。」と判示する。
  (イ) これを本件についてみると,本件各発明のうち,例えば,本件各発明1は,情報記憶装置の基板に形成された穴部に,画像形成装置本体の突起部に形成された設置用の本体側端子に係合するアース端子を形成した上,当該穴部を複数の金属板のうち2つの金属板の間に挟まれる位置に配設することにより,情報記憶装置に電気的な破損が生じにくくなるとともに,端子の本体側端子に対する平行度のずれを最低限に抑えるようにするものであり,画像形成装置本体(プリンタ)に対して着脱可能に構成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)に設置される情報記憶装置(電子部品)の物理的な構造や部品の配置に関する発明であるということができる。また,本件各発明2及び3も,同様に情報記憶装置の物理的構造や部品の配置に関する発明である。
これに対し,被告らが行っている原告電子部品のメモリの書換えは,情報記憶装置の物理的構造等に改変を加え,又は部材の交換等をするものではなく,情報記憶装置の物理的な構造はそのまま利用した上で,同装置に記録された情報の書換えを行うにすぎないので,当該書換えにより原告電子部品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと評価することはできない。
  (ウ) そうすると,原告電子部品のメモリを書き換える行為は本件各特許権を侵害するものではないというべきである。

 ウ 原告は,原告プリンタに使用可能な電子部品の製造等に当たっては,原告プリンタ側の形状に合う構造であれば足りるので,被告電子部品の構成を工夫するなどの他の手段により本件各特許権への抵触を回避することが可能であると主張する。
しかし,本件各発明に係る情報記憶装置は,画像形成装置本体(プリンタ)に対して着脱可能に構成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)に搭載されるものであり,当該情報記憶装置に形成された穴部を介して,画像形成装置本体の突起部と係合するものであるから,被告製品の構成や形状は,適合させる原告プリンタの構成や形状に合わさざるを得ず,その設計上の自由度は相当程度制限されると考えられる。
実際のところ,原告プリンタに関し,リサイクル事業者によって販売されている再生品は,いずれも電子部品を交換しており,その構造自体を本件各特許権の侵害を回避するような態様で変更している製品が存在することを示す証拠は存在しない。被告らは,本件各特許権の侵害を回避するため,被告電子部品の設計を変更したが,設計変更後の被告電子部品がなお本件各発明の技術的範囲に属することは前記判示のとおりであり,その他の方法により本件各特許の侵害を回避することが可能であることをうかがわせる証拠は存在しない。

 エ 以上によれば,被告らをはじめとするリサイクル事業者が,現状において,本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて,トナー残量表示がされるトナーカートリッジを製造,販売するには,原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められる。そして,本件各特許権に基づき電子部品を取り替えた被告製品の販売等が差し止められることになると,被告らはトナー残量が「?」と表示される再生品を製造,販売するほかないが,そうすると,被告らはトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受けることとなるというべきである。
 
(5)本判決が判示した、「本件書換制限措置の必要性及び合理性」

 ア 本件書換制限措置の必要性及び合理性全般について
原告の主張する上記①~③の各点について検討するに当たり,本件書換制限措置の必要性及び合理性全般に関し,以下の点を指摘することができる。
  (ア) 本件書換制限措置がされた原告製プリンタ(C830及びC840シリーズ)のうち,先行して販売されたのはC830シリーズであるが,その開発時点においては,既に原告製プリンタの他機種に適合するトナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えた再生品が市場に流通していたものと推認される。
ところが,上記C830シリーズの原告製プリンタの開発時点において,メモリの書換えをした再生品による具体的な弊害が生じており,その対応が必要とされていたことや,この点が同プリンタの開発に当たって考慮されていたことをうかがわせる証拠は存在しない。原告の主張する上記①~③の各点については後に検討するが,これらの点とC830シリーズの開発を具体的に結びつける証拠は本件において提出されていない。
  (イ) また,本件書換制限措置が,本件各特許権に係る技術の保護やその侵害防止等と関連性を有しないことは当事者間に積極的な争いはない。そうすると,本件書換制限措置を講じる必要性及び合理性は,本件各特許の実施品であるC830及びC840シリーズ用トナーカートリッジにとどまらず,C830及びC840シリーズ以外の機種用トナーカートリッジについても同様に妥当すると考えられるが,同各シリーズ以外の機種については同様の措置は講じられていない。
なお,この点に関し,原告は,C830及びC840シリーズ以外の原告製プリンタ用カートリッジのメモリについても書換えに一定の制約を付してきたと主張するが,本件書換制限措置と同様の措置がされ,トナー残量表示が制限されている他の原告製プリンタが存在すると認めるに足りる証拠はない。
  (ウ) 加えて,本件書換制限措置は,純正トナーカートリッジを原告製プリンタに装着して印刷をする上で直接的に必要となる措置ではなく,使用済みとなったトナーカートリッジについて,リサイクル事業者が再生品を製造,販売するために電子部品のメモリを書き換える段階でその効果を奏するものである。すなわち,本件書換制限措置は,特許実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジについて,譲渡等により対価をひとたび回収した後の自由な流通や利用を制限するものであるということができる。
この点に関し,被告らは,トナーカートリッジの譲渡後の流通を妨げることはできないとして,本件各特許権について消尽が成立すると主張するが,「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られる」(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので,特許製品である「情報記憶装置」そのものを取り替える行為については,消尽は成立しないと解される。
しかし,譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと,特許製品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については,その必要性及び合理性の程度が,当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。
以上を踏まえ,原告が本件書換制限措置の必要性及び合理性の根拠として挙げる上記①~③の各点について,順次検討する。

 イ トナーの残量表示の正確性担保について
  (ア) しかし,使用済みの原告製品にトナーを再充填して原告製プリンタにそのまま装着した場合に,そのトナー残量を「?」と表示することに合理性があるとしても,そのことは,そのメモリの書換えを制限する措置を講じることにより,当該第三者が自らの責任でトナーの残量を表示するのを妨げることまでも正当化するものではない。
本件書換制限措置は,リサイクル事業者がメモリの書換えにより,自らの責任でトナー残量を表示することを制限するものであるから,その必要性及び合理性を是認するには,そのような措置をとらないと,トナー残量が不正確なトナーカートリッジが市場に流通してユーザーの利益を害し,ひいては,原告製品への信頼が損なわれる具体的なおそれが存在することを要するというべきである。
  (イ) 原告は,再生品を含む第三者のトナーカートリッジには,製品ごとに印刷枚数に大きなばらつきがあるので,再生事業者が「?」以外のトナー残量表示をできないようにしないと,トナー残量が不正確なトナーカートリッジが市場に流通してユーザーの利益を害すると主張し,再生品の印刷可能枚数が純正品と大きく違うことを示す具体例として,①同一顧客から回収した特定の第三者メーカー(E&Qマーク付きのもの)の同一種類の再生品2つを分析したところ,一方の製品は純正品の73.9%しか印刷できなかったのに対し,他方の製品は純正品の141.8%も印刷できたこと,②同一メーカーのカラートナーカートリッジの印刷枚数は,純正品の約75%~88%しか印刷できなかったこと,③他のメーカー(E&Qマークのないもの)の再生品の中には,純正品の60%しか印刷できないものもあったことなどを指摘する。
   a しかし,上記①~③の調査は,対象となるメーカーの数は2つにすぎず,調査の対象となった再生品の数も少数であるので,その分析結果から,当該メーカーの再生品のトナー充填量が純正品と大きく異なり,その残量表示が一般的に不正確であると推認することはできず,まして,市場に流通する他のメーカーも含めた再生品のトナーカートリッジ全般について,そのトナーの充填量が純正品の充填量と大きく異なり,その残量表示が不正確であると推認することはできない。
   b また,トナーカートリッジの再生品については,E&Qマーク等の認証基準が設定され,このうち,E&Qマークについては,第三者審査機関が再生品の製造工場に出向き,所定の環境管理基準及び品質管理基準に基づく審査を行い,これに適合すると判定された製品に付されるものであり,品質関連基準には,印刷枚数が純正比90%以上であるという項目が含まれると認められる。
このように,トナーカートリッジの再生品については,認証基準の設定により品質の確保が図られているところ,本件証拠を総合しても,かかる認証を得たトナーカートリッジの再生品について,トナー残量表示が不正確な製品が多く流通しており,メモリの書換制限により同表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなどの事情が存在するとは認められない。
   c さらに,E&Qマーク等を得ている再生品については,同マークが製品に貼付されているので,当該再生品を使用するユーザーは,通常,それが再生品であることを認識して購入,使用するものと考えられる。このため,仮に,E&Qマーク等を得ている再生品のトナー残量表示が不正確であるとしても,それによりユーザーの信頼を失うのは,当該再生品を製造,販売したリサイクル事業者自身であって,それによって,本件書換制限措置を必要とするほどに原告製品の信頼が損なわれるとは認め難い。
   d もとより,市場で流通しているトナーカートリッジの再生品の中には,認証を得たもののみならず,認証マークを貼付していないものも存在し,こうした製品については,ユーザーが純正品と誤認することも考えられなくはない。しかし,こうした認証を得ていない再生品について,トナー残量表示が不適切なトナーカートリッジが現に市場において多数流通するなどして,原告製品の信頼性に対して影響を及ぼしていると認めるに足りる証拠は存在しない。
   e なお,純正品である原告製品においても,印刷可能枚数と実際の印刷枚数に一定の乖離が生じる。このようなトナー残量の算出方法等に照らすと,リサイクル事業者が,原告製品に充填されるトナーの規定量と同量のトナーを再充填すれば,印刷可能枚数の残量を純正品と同程度の正確性をもって表示することは可能であると認められる。
  (ウ) 以上によれば,本件書換制限措置がされた当時はもとより,本訴提起時点においても,トナーカートリッジの再生品市場にトナー残量表示が不正確な製品が多く流通しており,そのメモリの書換えを制限することにより「?」以外の残量表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなど,本件書換制限措置を行うことを正当化するに足りる具体的な必要性があったと認めることはできない。
したがって,本件書換制限措置は,トナーの残量表示の正確性担保のための装置としては,その必要性の範囲を超え,合理性を欠くものであるというべきである。

 ウ 品質管理・改善への活用について
原告は,具体的事例(事例1~7)を挙げつつ,電子部品のメモリに記録されたデータを製品開発や品質管理・改善に活用しており,純正品以外の製品のデータが混入することを防ぐため,本件書換制限措置を行う必要性があると主張する。
  (ア) しかし,トナーカートリッジの電子部品のメモリに記録された情報が,製品の品質・性能の向上や新製品の開発等に有用であるとしても,純正品のメモリに記録された情報を解析することによりその目的は達成できるのであり,そのことから直ちに第三者がその書換えを制限することまでが正当化されるわけではない。本件書換制限措置が必要かつ合理的であるというためには,第三者が当該メモリに記録された情報を書き換えた再生品が市場に流通することにより製品の品質等の向上や新製品の開発に支障が生じており,又は,支障が生じるおそれが存在することを要する。
  (イ) 原告は,本件書換制限措置を行う必要性及び合理性を基礎付ける具体的な事例として事例1~7を挙げるが,以下のとおり,同各事案は,第三者が当該メモリに記録された情報を書き換えることにより製品の品質等の向上や新製品の開発に支障が生じており,又は,支障が生じるおそれが存在することを示すものではない。・・・
  (ウ) したがって,原告製品の開発や品質管理・改善のために,トナーカートリッジの電子部品のメモリに記録された情報を活用することは有用であるとしても,そのためにリサイクル事業者がメモリの書換えをすることを制限することは,その必要性及び合理性がないか,その範囲を超えるものであるというべきである。
 
(6)本判決の「本件各請求が権利濫用に当たる」という判断
ア.差止請求について
本件各特許権の権利者である原告は,使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で,本件各特許の実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより,リサイクル事業者である被告らが原告電子部品のメモリの書換えにより本件各特許の侵害を回避しつつ,トナー残量の表示される再生品を製造,販売等することを制限し,その結果,被告らが当該特許権を侵害する行為に及ばない限り,トナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で,当該各特許権の権利侵害行為に対して権利行使に及んだものと認められる。
このような原告の一連の行為は,これを全体としてみれば,トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり,トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し,公正な競争を阻害するものとして,独占禁止法(独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項)と抵触するものというべきである。
そして,本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると,本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項に当たるというべきである。

 
イ.損害賠償請求について
差止請求が権利の濫用として許されないとしても,損害賠償請求については別異に検討することが必要となるが,上記ア記載の事情に加え,原告は,本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを譲渡等することにより既に対価を回収していることや,本件書換制限措置がなければ,被告らは,本件各特許を侵害することなく,トナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えることにより再生品を販売していたと推認されることなども考慮すると,本件においては,差止請求と同様,損害賠償請求についても権利の濫用に当たると解するのが相当である。

 

【関連裁判例~特許権侵害訴訟絡みで独占禁止法違反が判断された裁判例の紹介(何れも、独占禁止法違反は認定されず、特許権者勝訴)】

(1)知財高判平成18年(ネ)10015〔日之出水道機器事件〕

許諾数量が各自治体の推定需要の75%で、超過分は特許権者に製造委託する義務需給調整効果が実際に実現されたとか、業者間の公正な競争が実際に阻害された証拠はない。

⇒独占禁止法違反ではない

 

(2)大阪地判平成27(ワ)12265

特許権消滅後も実施料請求可能な契約は、不公正な取引方法(拘束条件付き取引)であるから公序良俗に反し無効であると主張して、特許権存続中の実施料返還を請求した。

⇒特許により独占できた対価であり、合理的であると判示し、独禁法違反ではないとした。

 

(3)平成16年(ワ)7539〔二酸化炭素含有粘性組成物事件〕

継続的取引契約を締結するに当たり,ノウハウを守るため,製造者に対し,契約終了後10年間、類似商品の製造販売を禁止することは、合理性がある。

⇒相手方の事業活動を不当に拘束する条件ではないと判断した。

 

(4)知財高判大合議平成25年(ネ)10043 〔iPhone事件(アップルv.サムソン)〕

FRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求は、原則として権利の濫用となり許されないが、FRAND条件でのライセンス料相当額の損害賠償請求は、独占禁止法違反なしと簡潔に判示した。

 

 

原告(特許権者):株式会社リコー

被告(再生業者):株式会社ディエスジャパン、株式会社ディエスロジコ、株式会社奥美濃プロデュース

執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和3年2月22日の原稿を追記・修正したものです。)

監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)

 

本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp

 

〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階

中村合同特許法律事務所

 
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