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知財高判令和3年(ネ)第10007号「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」事件<本多>

(原審・東京地判平成30年(ワ)第29802号<田中>)

複数の「室」というクレーム文言解釈~「連通可能」という限定がある物の発明は非充足、限定がない方法の発明は充足とした。

★何れも非充足とした一審判決から、特許権者逆転勝訴!!

※控訴審判決は、以下のとおり、課題を「より具体的に」認定した。

 ⇒このように、控訴審判決が、課題を「より具体的に」認定したことは、一審判決のように「連通可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器であることを前提」としなかったことと関係あるのだろうか?

より具体的には,外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器を用いて,あらかじめ微量金属元素を用時に混入可能な形で保存してある輸液製剤であって,含硫化合物を含む溶液を一室に充填した場合であっても微量金属元素が安定に存在している輸液製剤を提供することを課題とする」

 

1.特許請求の範囲(請求項1、請求項10)

(請求項1)

1A 外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において,

1B その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され,

1C 他の室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており,

1D 微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋である

1E ことを特徴とする輸液製剤。

 

(請求項10)

10A 複室輸液製剤において,

10B 含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している

10C 別室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し,

10D 微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋である

10E ことを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法。

 

2.原審・東京地判平成30年(ワ)第29802号のクレーム文言解釈(判旨抜粋)

被告製品及び被告方法は構成要件1C及び10Cの「室に・・・微量金属元素収容容器が収納」されている構成を備えるか…について判断する。…

輸液中には,通常,銅等の微量金属元素が含まれていないことから,患者は,輸液の投与が長期になるときにはいわゆる微量金属元素欠乏症を発症することとなる。しかるところ,これを予防するために必要な微量金属元素を輸液と混合した状態で保存すると,化学反応によって品質劣化の原因になり,これを防ぐべく含硫アミノ酸を含むアミノ酸輸液を一室に充填し,微量金属元素収容容器を同室に収容すると,当該アミノ酸輸液と微量金属元素とを隔離していても,微量金属元素を含む溶液が不安定となるという技術的課題が生じていた。
本件各発明は,このような技術的な課題に対して,連通可能な隔壁手段で区画されている複室の一室に含硫アミノ酸を含有する溶液を充填し,これとは他の室に,微量金属元素を収容した容器を収納するという構成を採用することにより,上記技術的な課題を解決し,微量金属元素が安定に存在していることを特徴とする含硫化合物を含む溶液を有する輸液製剤を提供するという効果を奏するようにしたものであるというべきである。
そうである以上,本件各発明の課題解決の点における特徴的な技術的構成は,微量金属元素収容容器を,含硫アミノ酸を含有する溶液と同じ室ではなく,同室と連通可能な他の室に収納するという構成を採用したところにあるものというべきである。そして,これは,連通可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器であることを前提として,その複数の各「室」については,それぞれ異なる輸液を充填して保存するための構造となっており,上記の微量金属元素収容容器を収納する「室」は,含硫アミノ酸を含有する溶液とは異なる輸液の充填・保存のための構造となっている「室」であるという技術的構成が採用されたものということができる。
すなわち,本件各発明において,構成要件1Aの「複数の室」及び構成要件10Aの「複室」は,各種輸液を充填して保存するための構造となっている各空間を意味すると解されることから,輸液容器に設けられた空間がその一室である構成要件1C及び10Cの「室」に当たるためには,当該空間が輸液を充填して保存し得る構造を備えていることを要する…。…

被告製品ないし被告方法について見ると,…小室Tの外側の樹脂フィルムと内側の樹脂フィルムとの間の空間は,使用時に中室及び小室Vと連通するものではなく,これに照らすと,同空間が,輸液を充填して保存し得る構造を備えているものとは認められないといわざるを得ず,同空間が「室」に当たるということはできない。

 

3.知財高判令和3年(ネ)第10007号のクレーム文言解釈(判旨抜粋)

…本件各訂正発明の課題について…

本件各訂正発明は,連通可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器が病院で使用されているところ,輸液中には通常微量金属元素が含まれていないことから投与が長期になると微量金属元素欠乏症を発症するが,微量金属元素は輸液と混合した状態で保存すると品質劣化が問題となるため,依然として輸液の投与直前に混合されているという現状に鑑み,外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器を用い,用時に細菌汚染の可能性なく微量金属元素を混入することができ,かつ,保存安定性にも優れた輸液製剤の創製研究が開始されたものの,含硫アミノ酸を含むアミノ酸輸液を一室に充填して微量金属元素収容容器を同室に収容すると,当該アミノ酸輸液と 微量金属元素が隔離してあっても微量金属元素を含む溶液が不安定であるという問題が生じることを知見し,その上で,微量金属元素が安定に存在していることを特徴とする含硫化合物を含む溶液を有する輸液製剤を提供することを目的とするものである。…

本件訂正発明1及び2は,微量金属元素が安定に存在していることを特徴とする含硫化合物を含む溶液を有する輸液製剤を提供することを課題とするものであるが,より具体的には,外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画された複数の室を有する輸液容器を用いて,あらかじめ微量金属元素を用時に混入可能な形で保存してある輸液製剤であって,含硫化合物を含む溶液を一室に充填した場合であっても微量金属元素が安定に存在している輸液製剤を提供することを課題とするものと解される。同様に,本件訂正発明10及び11の課題は,そのような輸液製剤の保存安定化方法を提供することを課題とするものである。…

…「室」について…

…被控訴人製品に係る輸液容器について,その構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間は,大室及び中室を直接構成するとともに小室T及び小室Vの外側を構成する一連の部材によって構成される空間であるといえる。…本件明細書の段落【0024】 は,「微量金属元素収容容器を収納している室」には,溶液が充填されていてもよいし,充填されていなくてもよい旨を明記しており,同【0033】は,「本態様の輸液製剤では,図1に示す輸液容器の第1室4に,溶液が充填されていてもよいし,充填されていなくてもよい」と明記しているところであるから,本件各訂正発明においては,輸液が充填される空間であるか否かという点は,「室」であるか否かを決定する不可欠の要素ではない…。…

構成要件1A…においては,「複数の室を有する輸液容器」の前に,「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている」との特定が付加されている。…被控訴人製品は,「室」が「連通可能」という要件を充足しないから,構成要件1A…を充足しない…。…

構成要件1A…と異なり,構成要件10A…については,「室」が「連通可能」であることは要件とされていない。したがって,…被控訴人方法は,構成要件10A…を充足する…。

 

 

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/183/090183_hanrei.pdf

 

 

 

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/700/090700_hanrei.pdf

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
本件に関するお問い合わせ先:h_takaishi☆nakapat.gr.jp(☆を@に読み換えてください。)