東京地判平成28年(ワ)25436「L-グルタミン酸の製造方法」<矢野>

 

①進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法につき均等侵害成立(Flexible barの柔軟な運用は世界的傾向)

 

②「譲渡の申出」が、譲渡人と申出者とが異なり、「譲渡」が外国である事案で成立

 

【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(本件訂正発明2-2)

「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって、前記変異型yggB遺伝子の変異は,配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,100位のアラニンをスレオニンに,及び/または111位のアラニンをスレオニンもしくはバリンに置換する変異である,コリネ型細菌。」

2.判旨抜粋①(「均等論」の部分)

(1)本件訂正発明2-2と被告製法4との相違点3個


相違点1 導入されている変異型yggB遺伝子が,19型変異使用構成の菌株ではコリネバクテリウム・グルタミカム由来のもの(変異前のアミノ酸配列は配列番号6)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株(⑫,⑬の菌株)では,コリネバクテリウム・カルナエ(DSM20147株)由来のものである点。
相違点2 yggB遺伝子に導入された変異が,19型変異使用構成の菌株ではyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の100番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A100T変異)であるのに対して,被告製法4で使用される菌株では,yggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の98番目のアラニンをスレオニンに置換するもの(A98T変異)である点。
相違点3 19型変異使用構成では,yggB遺伝子にはA100T変異のみが導入されているのに対して,被告製法4で使用される菌株では,A100T変異に加えてyggB遺伝子がコードするアミノ酸配列の241番目のバリンをイソロイシンに置換する変異(V241I変異)も導入されている点。」
(2)第1要件(*3つの相違点は、何れも本質的部分ではない。)

「本件明細書2記載の従来技術と比較して,本件発明2における従来技術に見られない特有の技術的思想(課題解決原理)とは,従来,グルタミン酸生産に及ぼす影響について知られていなかったコリネ型細菌のyggB遺伝子に着目し,C末端側変異や膜貫通領域の変異といった変異型yggB遺伝子を用いてメカノセンシティブチャネルの一種であるYggBタンパク質を改変することによって,グルタミン酸の生産能力を上げるための,新規な技術を提供することにあったというべきである…。

したがって,19型変異使用構成と被告製法4との相違点1ないし3は,いずれも,特許発明の本質的部分ではないから,⑫及び⑬の菌株を使用する被告製法4は均等の第1要件を充足すると認められる。」

(3)第3要件(*進歩性判断と同じ枠組みで置換容易性を認めた。均等論第3要件のダブルスタンダードが主張されたが、具体的判断は示されなかった。)

「…19型変異使用構成について,相違点1及び2に係る構成に置換すること,すなわち変異型yggB遺伝子が由来する菌株をコリネバクテリウム・グルタミカムからコリネバクテリウム・カルナエに置き換え,それに伴って,yggB遺伝子のアミノ酸配列のうちアラニンをスレオニンに変更する位置を100番目から98番目に変更することは,当業者が,被告製法4による製造が開始された平成28年7月の時点で,容易に想到することができたと認めるのが相当である。

被告は,第3要件にいう容易想到とは,当業者であれば,誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきであり,そのような容易さはなかった旨主張するが,上記の事情からすれば,当業者である,本件発明2の属する細菌を用いたグルタミン酸発酵工業における平均的技術者を基準として,相違点1及び2についての容易想到性は認められるというべきであり,この点の被告の主張は採用できない。…」

(4)第5要件(*進歩性欠如の拒絶理由通知に対応する補正で除かれた方法について、均等侵害が成立した事例(世界的なFlexible barが柔軟に運用される傾向に沿っている。))

「…拒絶理由通知を受けて,2度の補正をした結果,…本件発明2には,被告製法4のように,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成が,文言上,本件発明2の技術的範囲に含まれなくなったことが認められる。また,…出願時の本件明細書2において,コリネバクテリウム・カルナエについての言及は,段落【0012】及び【0013】にのみ存在しており,この部分は上記の補正の際にも補正の対象とされなかったことが認められる。…

(ア)第5要件において,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,均等の主張は許されないものとしている理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,または外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年最高裁判決,平成29年最高裁判決参照)。

(イ)…出願時の請求項1は,被告製法4のような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を含み得るものであったところ,補正によって,そのような構成は文言上本件発明2に含まれなくなったものである。

(ウ)しかしながら,…コリネバクテリウム・カルナエDSM20147株の全ゲノム及びyggB遺伝子のアミノ酸配列の解析がされて利用可能となったのは平成25年3月頃以降であり,本件優先日…あるいは…出願日…において,コリネバクテリウム・カルナエのyggB遺伝子のアミノ酸配列を特定することはできなかったものである。そうすると,…出願時において,出願人である原告が,本件発明2の課題を解決し得るような,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を用いた具体的な構成を特定し,サポート要件その他の記載要件を満たす形で特許請求の範囲に記載することが容易に可能であったとは認められない。

(エ)また,…出願時の請求項1は,概括的に「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌」という以上に菌種を特定しない記載をしたものであり,特に,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を記載したものではなく,本件明細書2におけるコリネバクテリウム・カルナエへの言及も,本件発明2のコリネ型細菌として利用可能な細菌の例(【0012】,【0013】)として挙げられているものに留まり,コリネバクテリウム・カルナエ由来のyggB遺伝子を使用した構成についての言及は補正の前後を通じて本件明細書2ではされていない。

(オ)前記(ウ)及び(エ)の事情に照らせば,前記(イ)の出願及び補正の経過をもって,客観的,外形的に見て,コリネバクテリウム・カルナエ由来の変異型yggB遺伝子を使用する構成を特許請求の範囲からあえて除外する旨が表示されていたとはいえず,その他,本件全証拠によっても,被告製法4について,第5要件に係る,特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとは認められない。」

3.判旨抜粋②(「サポート要件」、「実施可能要件」の部分)

訂正前は、課題を解決できない部分を含むからサポート要件×。⇒訂正の再抗弁で〇。

「本件発明1-1に記載された発明のうち,少なくともGDH遺伝子,CS遺伝子,ICDH遺伝子及びPDH遺伝子に変異を導入したコリネ型細菌によるアルギニンの製造方法については,本件明細書1の発明の詳細な記載により,当業者が,アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を遺伝子組換え又は変異により構築するとの前記の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであるといえる。また,これらの遺伝子の変異を用いたアルギニンの製造方法について,本件明細書1の記載のほかに,当業者が前記の課題を解決できるような出願時の技術常識があったとも認められない。…

訂正前の本件発明1-1は,ICDH遺伝子,PDH遺伝子又はアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーター配列に特定の塩基配列を導入したコリネ型細菌を用いた発明を含むものであったが,本件訂正1により,本件訂正発明1-1には,これらの発明が含まれなくなった。したがって,本件訂正発明1-1について,ICDH遺伝子,PDH遺伝子及びアルギニノコハク酸シンターゼ遺伝子のプロモーターへの変異の導入についてのサポート要件違反及び実施可能要件違反は,いずれも認められない。」

4.判旨抜粋③(「譲渡の申出」の部分)

(1)譲渡人と申出者とが異なっても、一定の関係にある場合は、「譲渡の申出」成立、(2)「譲渡」が外国でも譲渡の申出が成立とした。(3)外国での売上高を基準として特許法102条2項を適用した。(外国販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,引渡し自体は船積みの際になされるとしても,その後に買主側によって日本国内に輸入されることが予定されていた、という特殊事情があった。)

≪なお、本事案では、被告製造方法は全て外国で使用されており、生産物が日本国内に輸入され、販売されていた。≫

「…CJインドネシア販売分について,本件MSGの譲渡自体が日本国内で行われているとは認められないものの,…CJグループにおける被告とCJインドネシアとの関係,…CJインドネシア販売分の注文書が被告宛に提出され,被告を経由してCJインドネシアに送付されることがあったこと,…被告とCJインドネシアとの間でCJインドネシア販売分の売上高の一部を被告に支払う旨の本件コミッション契約が締結され ていたこと,…CJインドネシア販売分について,被告が日本国内での本件MSGのサンプル配送や不良品の回収を行っていたこと,…被告の会計処理において…CJインドネシア販売分に係る経費が計上されていたことからすれば,被告各製法使用期間中のCJインドネシア販売分について,被告は,日本国内において,CJインドネシアと共同して,CJインドネシア販売分に係る営業活動を行っていたものと認めるのが相当であり,被告による譲渡の申出があったと認められる。そして,…被告各製法使用期間中に製造された本件MSGは被告各製法のいずれかによって製造されたもの(被告各製品)であるから,当該期間中の被告による本件MSGの譲渡の申出は,被告による本件発明1又は本件発明2の実施(特許法2条3項3号)に当たる。…

(a)被告は,『譲渡の申出』は,将来の譲渡人である売主によって行われる行為であり,広告宣伝等の申出行為を行う者が譲渡をする者と異なっている場合は譲渡の申出は成立しないとして,CJインドネシア販売分について,売主ではない被告が何らかの関与をしたとしても,当該行為は譲渡の申出には当たらないと主張する。しかしながら,譲渡の申出が譲渡とは別個に実施行為とされている趣旨からすれば,譲渡の申出をする行為が譲渡人である売主によるものではないとしても,当該売主と一定の関係を有する者による行為であるなどの事情があれば,当該申出行為を譲渡の申出と解し得ると考えるべきである。…CJインドネシアと被告とは,同じ企業グループに属している上,CJインドネシア販売分について,本件コミッション契約を締結して利益の分配を行うなどの密接な関係にあったといえるから,CJインドネシア販売分の売買契約の主体がCJインドネシアであって被告ではないことは,被告の…関与が本件MSGの譲渡の申出に当たるとの認定を妨げるものではない。

(b)被告は,特許法上の『譲渡』は日本国内での譲渡を意味し,その準備行為である「譲渡の申出」も日本国内での譲渡のための申出を意味するから,CJインドネシア販売分についての被告の行為は譲渡の申出には当たらないとも主張する。確かに,…CJインドネシア販売分に係る本件MSGの買主への譲渡は日本国外において行われているものと認められるものの,CJインドネシア販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,本件MSGの引渡し自体は船積みの際になされるとしても,その後に本件MSGが買主側によって日本国内に輸入されることが予定されているものであった。譲渡の申出が譲渡とは別個に実施行為とされている趣旨からすれば,CJインドネシア販売分に係る本件MSGのように,日本国内での営業活動の結果,日本の買主に販売され,日本国内に輸入される商品について,その買主への譲渡が日本国外で行われるか,日本国内で行われているか否かの違いのみで,当該営業活動が,日本における譲渡の申出に当たるかどうかの結論を異にするのは相当ではなく,…日本国内において被告とCJインドネシアが共同してCJインドネシア販売分に係る営業活動を行うことは,被告による『譲渡の申出』に当たると解するのが相当であり,この点の被告の主張は採用できない。…

被告は,CJインドネシア販売分に係る実施行為である『譲渡の申出』による損害額はCJインドネシア販売分の売上高に基づいて算出されるべきではなく,『譲渡の申出』に固有の範囲に留まるべきであると主張する。しかしながら,…CJインドネシア販売分について,被告とCJインドネシアには共同不法行為が成立するため,損害額の算定に当たっては,被告のみならず被告CJインドネシアの利益も考慮されること,…CJインドネシア販売分はいずれも日本の買主に対する販売であり,買主への引渡し後に日本国内に輸入されることが予定されているものであったことからすれば,『譲渡』自体が日本国外で行われているとしても,CJインドネシア販売分の売上高に基づいて算出される被告らの利益は,特許法102条2項の適用において,日本国内での『譲渡の申出』によって被告らが受けた利益と認めるのが相当であり,被告の上記主張は採用できない。」

 

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執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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