令和元年9月18日判決言渡
平成30年(行ケ)第10151号
「ギャッチベッド用マットレス」事件<鶴岡裁判長>
⇒引用発明は,引用例に記載されたひとまとまりの構成ないし技術的思想として把握可能であれば足りる。
⇒引用発明の4通りの使用方法のうち1通りを認定できる。
⇒進歩性×(引用発明の認定誤り無し)
1.(判旨抜粋)
「…引用文献1には,『マットレス装置452は家庭または他の療養施設での個人使用の為にユーザにより購入されることもある』…と記載されており,このように個人が使用する場合には,適切な感触を得られる硬さの部材の組合せが既に決定されているのであるから,多種多様な部材の選択及び組合せ並びに4通りの使用方法があることは想定されない。したがって,小売用テスト装置(店舗内のテスト用マットレス)に用途を限定しない
引用実施例のマットレス装置452において,多種多様な部材の選択及び組合せ並びに4通りの使用方法があることは,一体不可分の必須の技術思想に当たらず,その中から一つの組合せ及び使用方法を抽出した例を引用発明とすることに支障はない。
引用発明は,引用例に記載されたひとまとまりの構成ないし技術的思想として把握可能であれば足りるところ,審決で認定された引用発明は,この要件を充たしているといえる。
もっとも,審決が,引用文献1に開示された多種多様な部材の選択及び組合せ並びに4通りの使用方法の中から,引用文献1に具体的には全く例示されていない例を抽出したのであれば,原告のいうように,本願発明1の相違点を予め減らすべく事後分析的な認定をしたといえることもあろう。しかしながら,…引用発明は,引用文献1に接した当業者が特段の『深読み』を要せずして把握し得る構成を備えたものであるから,審決に,事後分析的な認定をしたという誤りもない。…4通りの使用方法があることを引用発明1の認定において考慮しなかったことに誤りがあるとはいえない。」
2.(コメント)
引用発明の認定は、新規性・進歩性判断に結論に影響を及ぼすことが多く、所謂、引用発明の「上位概念化の限界」が争点となることが多い。
すなわち、引用発明における具体的な実施例の記載と本願発明との間に構成の相違がある場合、進歩性を否定する立場としては、当該構成の相違を変更することの容易想到性を論証するよりも、当該構成を備えない抽象的な発明として引用発明を認定することを試みる。
何故なら、引用発明の具体的な構成を変更するために必要とされる動機付けのレベルは、引用発明において特定されていない(ブランクである)構成を採用するために必要とされる動機付けのレベルと較べて高度であるからである。
例えば、平成28年(行ケ)第10061号「高周波ボルトヒータ」事件<鶴岡裁判長>は、「本件訂正発明1との対比は,飽くまで複数の固定無線機の設置位置が『施設の各部屋』を含むがこれに限定されないものとして認定した引用発明Aをもってなされるのが相当である。」と認定して、引用発明が引用文献に記載された実施例に限られないとしたうえで、進歩性〇とした。同判決は、引用発明がAならばBに変更する動機付けが必要であるが、引用発明に限定なければ「変更する動機付け」は問題とならないという枠組みを前提としている。
これに対し、平成29年(行ケ)第10062号「半導体デバイス」事件<高部裁判長>は、「引用例…SiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極がいずれも不明であるとした本件決定の認定には,誤りがある…。…カソード電極からアノード電極に変更する動機付けがあるとはいえない…。」として、進歩性×とした。同判決は、引用発明の構成は、不明でなく本件発明と異なる構成に特定されるところ、引用発明がAと特定されるとBに変更する動機付けが必要であるがこれが認められないとしたものである。
引用発明の構成の一部を独立して抽出できた事例として、本判決の他に、例えば、平成17年(行ケ)第10672号「高周波ボルトヒータ」事件は、「…引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。…甲1自体には実現できるように記載されてない高周波誘導加熱の具体的な構成そのものは,…本件特許出願当時,…技術常識であったのであるから,当業者は,甲1の『…高周波加熱トーチ』の高周波誘導加熱に上記技術常識であった誘導加熱体の具体的な構成を参酌し,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,甲1発明を把握することができたものと認められる。」と判示した。
他方、引用発明の構成の一部を独立して抽出できなかった事例としては、例えば、平成30年(行ケ)第10041号<鶴岡>「地殻様組成体の製造方法」事件は、「引用文献には,放射性物質が検出された下水汚泥をどのように焼却するか,下水汚泥焼却灰はどの程度の放射性物質を含むものであるか,下水汚泥焼却灰をセメント原料化する際,できる限り影響が小さくなるようにどのような対策をするのか等,下水汚泥焼却灰を処分するに当たっての具体的な方法,手順,条件など,技術的思想として観念するに足りる事項についての記載は一切存在しない。そうすると,引用文献には,単に放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分に向けた方針,及び当該方針に関する有識者の意見が断片的に記載されているにすぎず,下水汚泥焼却灰等の安全な処分方法というひとまとまりの具体的な技術的思想が記載されているとはいえない。」と判示した。
なお、このような考え方は、当初明細書に記載した事項の範囲の解釈においても同様であり、新規事項追加の判断(補正・訂正・分割要件)においても同様である。例えば、平成24年(行ケ)第10425号「船舶」事件は、「…【0030】の記載から,バラスト水処理装置を『非防爆エリア』に配設する構成によって,『各種制御機器や電気機器類の制約が少なくてすむ』という効果を奏する,ひとまとまりの技術的思想を読み取ることができ,本件発明6の『非防爆エリア』は,【0030】において実質的に記載されているというべきである。『非防爆エリア』の構成について特許法17条の2第3項の要件を満たさないとすることはできない。」と判示した。
3.(関連裁判例の紹介~一部のみ紹介する。高石秀樹著「特許裁判例事典(第二版)」参照)
3-1.引用発明の構成の一部を独立して抽出できた裁判例
①平成30年(行ケ)第10151号「ギャッチベッド用マットレス」事件(鶴岡裁判長)
②平成17年(行ケ)第10672号「高周波ボルトヒータ」事件
③平成15年(行ケ)第348号「べら針」事件
④平成17年(行ケ)第10024号「フェンダーライナ」事件
⑤平成16年(行ケ)第159号「遊技機における制御回路基板の収納ケース」事件
⑥平成22年(行ケ)第10160号「封水蒸発防止剤」事件
⑦平成22年(行ケ)第10220号「携帯型家庭用発電機」事件
⑧平成22年(行ケ)第10381号「…エレベータのトラクションシーブ」事件<中野裁判長>
⑨平成23年(行ケ)第10099号「…印刷機」事件<塩月裁判長>
⑩平成23年(行ケ)第10002号「…補正機能を備えた装身具」事件<飯村裁判長>
⑪平成25年(行ケ)第10111号「…吸収性物品」事件<飯村裁判長>
⑫平成25年(行ケ)第10155号「車椅子」事件<清水裁判長>
⑬平成26年(行ケ)第10274号「ラジアスエンドミル」事件<設樂裁判長>
⑭平成27年(行ケ)第10205号「車両用ルーフアンテナ」事件<設樂裁判長>
⑮平成27年(行ケ)第10094号「ロータリ作業機のシールドカバー」事件<高部裁判長>
⑯平成29年(行ケ)第10173号「ドライブスプロケット支持構造」事件<森裁判長>
⑰平成27年(ワ)第1025号「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」事件<長谷川裁判長>
3-2.引用発明の構成の一部を独立して抽出できなかった裁判例
①平成30年(行ケ)第10041号「地殻様組成体の製造方法」事件<鶴岡裁判長>
②平成22年(行ケ)第10064号「被覆ベルト用基材」事件<飯村裁判長>(※結論は、特許権者不利)
③平成29年(行ケ)第10087号「建築板」事件<高部裁判長>(※結論は、特許権者不利)
④平成23年(行ケ)第10385号「炉内ヒータを備えた熱処理炉」事件<芝田裁判長>
⑤平成23年(行ケ)第10284号「オープン式発酵処理装置」事件
⑥平成29年(行ケ)第10119号、第10120号「空気入りタイヤ」事件<高部裁判長>
⑦平成17年(行ケ)第10003号「色副搬送波振幅調整回路」事件
⑧平成21年(行ケ)第10002号「外径1.6mmの灌流スリーブ」事件
⑨平成23年(行ケ)第10414号「…グラブバケット」事件<土肥裁判長>
⑩平成23年(行ケ)第10304号「靴用の通気性・防水性底革」事件<芝田裁判長>
⑪平成25年(行ケ)第10015号「…エレベータ」事件<設樂裁判長>
⑫平成27年(行ケ)第10037号「斜板式コンプレッサ」事件<清水裁判長>
⑬平成28年(行ケ)第10246号「レーザビームを形成するための装置」事件<鶴岡裁判長>
⑭平成27年(行ケ)第10141号「発光装置」事件<清水裁判長>
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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