平成27年(行ケ)10150<鶴岡>【炭酸飲料】

 

①数値範囲の半分しか実施例がなくても、サポート要件〇

 

「スクラロースによって付与される甘味量については,その数値範囲を逸脱した場合に,本件訂正発明の課題が解決できないことまでが本件訂正明細書に記載されているわけではなく,単に,その数値範囲が好ましい旨が本件訂正明細書に記載されているのみであるが,この記載に接した当業者は,その数値範囲を少々逸脱した場合でも本件訂正発明の課題が解決できるであろうと理解するといえる。」

 

 

②測定方法により異なる官能に係る「甘さ」の数値が、公知文献等を参酌して当業者が慣用していたと認められた⇒明確性〇

 

「必要に応じて,適切な条件設定をすることにより,実際に用いる甘味料の甘味相対比を換算又は測定することが可能であった…。官能に係る「甘さ」に個人差や曖昧さが存在することや,測定条件の影響を受けることは,本件出願時における当業者の技術常識というべきであるところ,それにもかかわらず甘味相対比が利用されてきた」

 

 

③当該数値を調整して課題を解決できると引用例に示唆無し

 

「可溶性固形分含量を操作することで,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)のバランスを調整することが可能であると記載又は示唆されているわけではない。」

 

 

 

(判旨抜粋)

①…本件訂正明細書の実施例…において,植物成分,炭酸ガス及び可溶性固形分の含量,甘味量,高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量,並びにスクラロースによって付与される甘味の割合が上記の数値範囲を満たす実施例1,実施例2及び実施例4の果汁入り炭酸飲料が,…数値範囲を満たさない比較例1…比較例2…比較例3…と比べて,…の何れか又は全ての点において優れていることが示されており,その内容は,本件訂正明細書の具体的な記載…とも矛盾しない。…本件訂正発明1は,前記の課題解決手段で示された数値範囲を逸脱するものではなく,むしろ,課題解決手段の一部を構成する可溶性固形分含量を「4~8度」とより特定したものというべきであるから,本件訂正発明1は,①発明の詳細な説明に記載された発明で,②発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである…。…

原告は,本件訂正発明において…は前提条件であり,本件訂正発明は,この前提条件を満たす炭酸飲料において,植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽快感を兼ね備えバランスのよい風味を有する炭酸飲料の調製方法を見出すことを目的とするものであるが,実施例1に対し,この前提条件を満たしつつ他の成分組成が異なっている比較例は,比較例1のみであり,それらの比較からは,スクラロースの有無が本件訂正発明の効果に寄与していることが推定できるにすぎない…と主張する。…しかしながら,…原告の主張は過度の裏付けを要求するものというべきである。…

また,原告は,本件訂正発明は数値限定発明であるところ,本件訂正発明の数値範囲を満たせば,本件訂正発明の課題を解決できると当業者が認識できるためには,本件訂正明細書の実施例によりその効果が裏付けられているべきであるが,本件訂正発明のいずれの数値範囲についても,その数値範囲の上下限間の幅に対して半分未満の範囲でしか本件訂正明細書の実施例が記載されておらず,実施例の内容を請求項に記載された数値範囲全体にまで拡張ないし一般化できるとはいえないと主張する。しかしながら,…植物成分,炭酸ガス及び可溶性固形分の含量,甘味量,並びに高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量については,それぞれの数値範囲を逸脱した場合に,本件訂正発明の課題が解決できない旨が本件訂正明細書に十分記載されており,換言すれば,それらの数値範囲内であれば,当業者は,本件訂正発明の課題が解決できると理解するものといえ,また,そのような理解を妨げるような本件出願当時の技術常識があったとは認められない。他方で,スクラロースによって付与される甘味量については,その数値範囲を逸脱した場合に,本件訂正発明の課題が解決できないことまでが本件訂正明細書に記載されているわけではなく,単に,その数値範囲が好ましい旨が本件訂正明細書に記載されているのみであるが,この記載に接した当業者は,その数値範囲を少々逸脱した場合でも本件訂正発明の課題が解決できるであろうと理解するといえる。換言すれば,その数値範囲内であれば,当業者は,本件訂正発明の課題が当然解決できると理解するといえ,また,そのような理解を妨げるような本件出願当時の技術常識があったともいえない。

 

②…測定条件によって甘味相対比が変わり得るとの点についても,甘味相対比の換算方法や測定方法自体は本件出願時に周知の事項であったといえるから…,当業者であれば,必要に応じて,適切な条件設定をすることにより,実際に用いる甘味料の甘味相対比を換算又は測定することが可能であったと認められる。…本件出願日より前に出願された特許文献…によれば砂糖以外の甘味料の「甘味」を,砂糖の甘味1との相対比に基づいて表現することは,本件出願当時,当業者が慣用していたと認められる。そして,そもそも官能に係る「甘さ」に個人差や曖昧さが存在することや,測定条件の影響を受けることは,本件出願時における当業者の技術常識というべきであるところ,それにもかかわらず甘味相対比が利用されてきたということは,上記のような個人差や曖昧さ等は,甘味相対比の使用を困難にするほどのものではないということを意味するものといえる。以上によれば,甘味相対比が一義的に定まらない場合があるとしても,そのことから直ちに,「砂糖甘味換算」や「砂糖甘味換算量」という文言が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえず,これを理由に明確性要件を欠くことにはならない…。

 

③…植物成分を含む炭酸飲料において,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)をバランス良く備えた炭酸飲料を提供すること自体は周知の課題である…。…果汁が10%以上含まれた炭酸飲料の可溶性固形分含量を屈折糖度計示度で4~8度の数値範囲とすることは,甲2,3,5~7及び10~13の何れにも具体的に記載されてはおらず,本件優先日前から周知のものであったとまではいえない。また,甲1~3,5~7及び10~13の何れにも,可溶性固形分含量を操作することで,植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)のバランスを調整することが可能であると記載又は示唆されているわけではない。

 

https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/318/086318_hanrei.pdf

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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