令和元年11月14日判決言渡
平成30年(行ケ)第10110号
「セレコキシブ組成物」事件<大鷹裁判長>
⇒数値限定発明について、数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決できると認識できる必要ありとして、サポート要件の適合性を否定した事例。
【概要】
サポート要件の適合性については、知財高裁大合議判決「偏光フィルムの製造法」事件(平成17年(行ケ)第10042号)が、「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」と判断しており、その後、若干の揺れはあったものの、近時はこのメルクマールが実務上確立している。
そうであるところ、特に“数値限定(パラメータ)発明”において、又は、これに限らず、該発明に含まれる全範囲について「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」必要があるかという点は常に問題となるところであり、これを必要であると厳格に捉えれば、サポート要件の適合性が否定されやすくなる。
この点については、発明の技術的意義、課題、作用効果と直接関係しない発明特定事項はサポート要件の判断を比較的柔軟に行うという考え方が見られるが(例えば、副次的な課題につきサポート要件を緩やかに認めた平成26年(行ケ)第10016号「マイクロ波利用のペプチド合成」事件<清水裁判長>、平成29年(行ケ)第10178号「経口投与用組成物のマーキング方法」事件<大鷹裁判長>、等)、このような事例は、当該発明特定事項が「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」か否かと直接関係ないため、サポート要件の適合性に対する影響が小さいという傾向は理解できる。
これに対し、特に“数値限定(パラメータ)発明”に多く見られるように、当該発明特定事項が発明の技術的意義、課題、作用効果と直接関係する場合に、全範囲について「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」必要があるかという論点である。
本判決は、全範囲について必要であるという枠組みを前提としてサポート要件を判断し、結論としてサポート要件違反と判断したものであるが、逆に、発明を合目的的に解釈して、発明の要旨を限定的に解釈するなどして、又は、一応数値範囲内であっても極端なところは課題を解決できると認識できなくても許容されると正面から述べる判決も存在する。
この論点については、各判決を統一的・整合的に説明することは困難であると思われるため、本判決を含めて、其々の類型の裁判例をリストアップして整理しておくことが有用であろうと考えられる。
【特許請求の範囲、本判決の抜粋、関連裁判例の紹介】
1.特許請求の範囲(【請求項1】)
「【請求項1】・・・10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって,粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。」
2.本判決の抜粋
『 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を請求することになって妥当でないため,これを防止することにあるものと解される。そうすると,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
…難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物であるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。
また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。
しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90が200μm未満である」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ること…に照らすと,200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない。
以上によれば,本件明細書の…記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない。 』
3.サポート要件に関する関連裁判例の紹介
3-1.サポート要件に関する、特許権者不利な裁判例
(1)数値限定(パラメータ)発明~当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要があるとして、サポート要件×とされた裁判例
①平成29年(ワ)第13797号「気体溶解装置」事件<佐藤裁判長>
②平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号「セレコキシブ組成物」<大鷹裁判長>
③平成28年(行ケ)第10147号「…トマト含有飲料」事件<森裁判長>
④平成28年(行ケ)第10042号「潤滑油組成物」事件<高部裁判長>
⑤平成26年(行ケ)第10155号「減塩醤油類」事件≪二次判決≫<清水裁判長>
(2)数値限定(パラメータ)発明以外~当該発明に含まれる発明の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要があるとして、サポート要件×とされた裁判例
①平成30年(行ケ)第10073号「インクカートリッジICチップ」事件<森裁判長>
②平成29年(行ケ)第10200号「回転数適応型の動吸振器を備えた力伝達装置」事件<鶴岡裁判長>
③平成28年(行ケ)第10064号「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」事件<森裁判長>
④平成20年(行ケ)第10357号「レベルシフタ」事件
⑤平成28年(ワ)第25956号、平成29年(ワ)第27366号「磁気記録媒体」事件(SONYv.富士FILM)」<柴田裁判長>
(3)発明を形式的に解釈し、当該発明に含まれる発明の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要があるとして、サポート要件×とされた裁判例
①平成27年(行ケ)第10231号「黒ショウガ成分含有組成物」事件<鶴岡裁判長>
(4)サポート要件に関する、特許権者に不利なその他の裁判例(サポート要件×)
①平成27年(行ケ)第10026号「回転角検出装置」事件≪二次判決≫<清水裁判長>
3-2.サポート要件に関する、特許権者有利な裁判例
(1)数値限定(パラメータ)発明~当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要はないとして、サポート要件〇とされた裁判例
①平成26年(行ケ)第10254号<高部裁判長>
②平成23年(行ケ)第10254号「減塩醤油類」事件≪一次判決≫<滝澤裁判長>
(2)数値限定(パラメータ)発明以外~当該発明に含まれる発明の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要はないとして、サポート要件〇とされた裁判例
①平成23年(行ケ)第10010号「ヒートポンプ式冷暖房機」事件
(3)発明を合目的的に限定的に解釈し、課題を解決できない部分は、当該限定的に解釈された発明には含まれないとして、サポート要件〇とされた裁判例
①平成29年(行ケ)第10225号<大鷹裁判長>「PCSK9に対する抗原結合タンパク質」事件(アムジエンv.サノフィ)
②平成30年(行ケ)第10041号「地殻様組成体の製造方法」事件<鶴岡裁判長>
③東京地裁平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」事件<佐藤裁判長>
④平成29年(行ケ)第10113号「…発泡性組成物」事件<鶴岡裁判長>
(4)サポート要件に関する、特許権者に有利なその他の裁判例(サポート要件〇)
①平成30年(行ケ)第10093号「極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板,特に被覆熱間圧延鋼板の帯材から型打ちによって製造する方法」事件≪二次判決≫<森裁判長>
※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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