令和2年(ネ)10044【流体供給装置及び…プログラム】<鶴岡>

 

<*課題が生じない物は非充足>

 

「発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならない…本件発明の『記憶媒体』には当たらない。」

 

 

<時機に後れた攻撃防御方法>

 

*無効主張が原審の心証開示後であり、原審で時機後れとされたが、原審の主張整理に問題があった(自白の成否)ところ、充足論と無効論は切り離して考えることはできない。

⇒控訴審で速やかに主張した

⇒却下せず

 

 

<自白①>

 

*答弁書で認めたが、「自白」不成立!!

 

「答弁書において…構成要件1Cの充足を『認める』としたものの,均等主張に対する認否…被告の主張の項において…等の主張…。…実質的には…異なることを主張」

 

 

 

<<<若干の考察>>>

(1)「自白」の成否(及び撤回)について

下記に紹介するとおり、「特許発明の技術的範囲に関する技術的事項の細部にわたる主張とその認否は,主要事実の自白となるものではないから,これについて裁判所も当事者も拘束されることはない」という裁判例はあるものの、答弁書において構成要件1Cの充足を「認める」と答弁した場合に自白が成立していないと判断した裁判例は初めてである。

自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものであるとしても、一旦「認める」旨の答弁した後に非充足を争えるとすれば、主張整理が進まないという懸念がある。

他方、実務においては充足性を争う可能性がある構成要件について認否を留保することが多いものの、訴訟進行に伴い、また、特許権者の無効の抗弁に対する応答に応じて新たな非充足理由が生じることもあり、その場合にも一旦「認める」旨の答弁した後に非充足を争えないとするならば、被告としては、すべての構成要件についてその旨の留保をしておく必要があることとなるから、却って主張整理が進まない。

そうすると、答弁書における認否はその時点での認否であり、その後の原告の主張如何で新たな非充足理由が生じたときは、硬直的に自白と捉えずに、非充足論を争えると考えることも一考であろう。(または、自白の撤回を柔軟に認めるという考え方もあろう。自白の撤回は、自白した事実が真実に合致せず、かつ、自白が錯誤による場合に認められるところ、最高裁判例によれば、反事実の証明によって錯誤が推定されるとされている(最判昭和25年7月11日民集4巻7号316頁)。そうすると、被告がある構成要件について充足を認めると答弁したことで自白が成立するとしても、被告が非充足と証明すれば錯誤が推定されるから、自白の撤回は、単なる立証責任の転換と考えることができる。そうであるところ、クレーム文言解釈及び当て嵌めは、真偽不明となることは殆ど無いから、自白が成立した場合でも、裁判所が非充足と心証を抱けば自白の撤回が許されることとなり、結果的に自白の撤回は柔軟に認められるものと考えられるのである。)

 

(2)文言非充足論について

本件では、原審答弁書では構成要件1Cを「認める」と答弁していたとおり、文字どおり考えれば、被告給油装置において用いられている電子マネー媒体が、いわゆる「記憶媒体」であることは否定できないと思われる。

もっとも、発明の課題との関係で、進歩性・サポート要件などとも絡んで、発明特定事項の構成が、発明の課題を解決する前提として、発明の課題が生じる構成に限定解釈されることは有り得るところである。(※関連して、発明の課題が認識し得ない構成を一般的に含むとして、サポート要件違反と判断された機械分野の裁判例もある。後掲・知財高判平成27年(行ケ)第10026号「回転角検出装置」事件(二次判決)<清水裁判長>。一次判決は、知財高判平成25年(行ケ)第10206号)

本件では、「『媒体預かり』と『後引落し』との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の『記憶媒体』には当たらない。…」として、構成要件1Cの「記憶媒体」というクレーム文言を限定解釈し、逆転非充足としたものである。

本事案では本件発明の課題を狭く捉えることで発明の技術的範囲が狭く解釈されたが、逆に、下掲・知財高判平成29年(ネ)10092「電力電子装置を冷却する装置」事件<高部>のように本件発明の課題を狭く捉えることで発明の技術的範囲が広くなることもあるので、本件発明の課題を如何なるものとして主張するかは、充足論・無効論を踏まえて、事案毎に検討すべき事項である。

 

 

 

 

(判旨抜粋)

 

<*課題が生じない物は非充足>

①プリペイドカードがカードリーダライタに挿入されてしまうと,外部からプリペイドカードが見えないため,給油終了後にプリペイドカードを挿入してあるのを忘れてしまい,プリペイドカードを置いたまま給油所から退場してしまうおそれがあり,②プリペイドカードが給油中の計量機に設けられたカードリーダライタに挿入されている場合,その間に例えば飲み物の自動販売機等にプリペイドカードを挿入して飲み物を購入するなどの他の用途にプリペイドカードを用いることができず不便であり,③プリペイドカードの一部がカード挿入口からはみ出した状態で給油開始されるように構成された方式では,給油終了後のカード忘れが防止される反面,給油中にプリペイドカードを引き抜くことができるため,プリペイドカードが盗難にあう可能性があり,運転者が計量機から離れられない,という三つの課題(以下「本件3課題」という。)があった。(【0005】~【0007】)

…「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の「記憶媒体」には当たらない。…

被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は,本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく,したがって,本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから,本件発明にいう「記憶媒体」には当たらない…。

 

 

<時機に後れた攻撃防御方法>

「時機に後れた攻撃防御方法」該当性について 無効主張A,B,Dは,原審における侵害論の心証開示後に主張されたものであり,そのため,原審においては時機に後れたものとして取り扱われたわけであるが,既に充足論に関する項で指摘したとおり,構成要件1C1充足性(非侵害論主張④)及び構成要件1A,1C,1F3,1F4充足性(非侵害論主張⑤)に関する原審の主張整理には,本来は,争いがあるものとして扱うべき論点を争いのないものとして扱ったという不備があったといわざるを得ない。そして,無効論に関する主張の要否や主張の時期等は,充足論における主張立証の推移と切り離して考えることができないのであるから,充足論について,本来更に主張立証が尽くされるべきであったと考えられる本件においては,無効主張が原審による心証開示後にされたという一事をもって,時機に後れたものと評価するのは相当ではない。また,上記無効事由に関する当審における無効主張は,控訴後速やかに行われたといえる。以上によると,一審被告による上記無効主張は,原審及び当審の手続を全体的に見た観点からも,また,当審における手続に着目した観点からも,時機に後れたものと評価することはできない。

 

 

<自白①>

一審原告は,一審被告の非侵害論主張④は,原審の答弁書の認否によって成立した自白の撤回に当たり,許されない旨主張する。しかしながら,自白が成立しているかどうかは,当事者の答弁の全体を踏まえて検討すべきものと考えられるところ,一審被告は,原審答弁書において,構成要件1Cの充足を「認める」としたものの,均等主張に対する認否の項や,一審被告の主張の項において…等の主張をしている。これらは,実質的には,被告給油装置において行われている処理は,本件発明1の構成要件1Cにおいて行われている処理とは異なることを主張するものと理解すべきものであるから,原審が,構成要件1Cの充足につき単純に争いがないとして扱ったのは不相当であったといえる。

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/472/090472_hanrei.pdf

 

 

 

※本稿の内容は,一般的な情報を提供するものであり,法律上の助言を含みません。
執筆:弁護士・弁理士 高石秀樹(第二東京弁護士会)
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