平成28年1月21日(平成26年(ワ)第5210号)(大阪地裁第26民事部、髙松裁判長)
本判決は、「鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,」「縦方向もしくはやや斜め方向に『ハ』字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」パック用シートの特許発明について、ミシン目状の切り込み線の上端が「眼の付け根」に至っていない被告製品(下掲・右側の写真)について、均等論による侵害を認めた事案である。
下掲【図3】は本件特許明細書に記載された、実施例である。
下掲【図1】は、本件特許明細書に記載された従来品である。
本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シート(【図1】。【図2】パックシートの着用時)では,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとした(【図3】)ことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにすることであるところ(【図4】本件特許発明のパックシートの着用時)、鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められた。
被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではないと判断された。
ボールスプライン最判平成10年2月24日以降、均等論が判断された下級審裁判例は約230件であり、均等論による侵害が認められた事案は、本判決後に出された知財高裁大合議平成27年(ネ)第10014号まで含めて27件である。
本判決は、均等論の5要件に関するあてはめは従前と特に変わりがないが、数少ない均等論による侵害を肯定した事例として紹介する。
上掲・知財高裁大合議判決は、「本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。」と判示しており、同判示は最高裁判所判例解説 民事篇(平成10年度)及び上掲・ボールスプライン最高裁判決以降の下級審判決とも整合すると考えられる。
本判決のように、本質的部分が「特許発明の固有の作用効果を基礎付ける部分」であると判示した裁判例は見当たらないが、本判決における「固有の」とは、上掲・知財高裁大合議判決がいう「当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分」と同旨であり、従来の下級審判決が「技術思想の中核をなす」などと判示していたものと同旨であると解される。
…
本件特許発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである。
A 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに,
B1 鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,
B2 縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した
C ことを特徴とするパック用シート。
…被告製品では,「ほぼ台形の領域」のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違し,この点において本件特許発明の構成要件B1を文言上充足しない…。
…
(2) …均等の成否を検討する。
ア 非本質的部分について
本件特許発明が,シートによって鼻全体を覆うことを想定していることは先に述べたとおりである。しかし,本件明細書の記載によれば,従来のシートでも鼻の上部に切り込みは設けられておらず(【0005】,図2),鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。
これらからすると,本件特許発明は,鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではないというべきである。
イ 置換可能性について
証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。
そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであると認められる。
ウ 置換容易性について
前記のとおり,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたことからすると,切り込み線が配される台形状の領域の上底の高さを,眼の付け根である目頭の高さよりも,目頭の1段分か2段分,下に設けても本件特許発明と同一の作用効果を奏することは,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたというべきである。
なお,被告は,被告製品は,前記のとおり不織布を引き伸ばすことなく鼻部分にも密着できるようにするものであると主張し,この主張は,本件特許発明との相違点が異なる課題解決原理によるものであるとして,置換容易性を否定する趣旨の主張であると解されるが,被告製品が横方向に伸びやすい性質を有しており,本件特許発明の課題解決原理を利用していることは先に…述べたとおりであり,被告の主張は採用できない。
エ 対象製品の容易推考性について
被告は,本件特許発明が本件特許出願前に乙8公報に開示されており,被告製品の構成は,容易に推考できたものである旨主張するが,…被告製品が,本件特許の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものであるとは認められない。
オ 意識的除外事由など特段の事情の有無について
被告は,本件事情説明書(乙2)及び本件意見書案(乙3)の記載を指摘するが,その指摘に係るいずれの記載によっても,ほぼ台形の領域の上底の高さを目頭の位置から,切り込みの1列分か2列分,下の位置とすることを排除していると認めることはできない。
(Keywords)均等論、顔パック、切り込み線、眼の付け根、個人訴訟、再春館、大阪
文責:弁護士・弁理士 高石 秀樹 (第二東京弁護士会)
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